TRAVEL〜Balkan Peninsula(2019.10.7〜10.14?)〜

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【7日目(2019年10月13日)】
〜スケジュール〜
9:25 専用車にてホテル出発
【アルバニア】クルヤへ
11:00 【アルバニア】クルヤ市内観光
13:00 クルヤのレストランにてランチ
14:00 専用車にて【アルバニア】ティラナへ
15:30 【アルバニア】ティラナ市内観光
17:00 専用車にてティラナ国際空港(マザーテレサ空港)へ
20:55(現地時間) TURKISH AIRLINES TK9250 アルバニア(ティラナ) 発
23:40(現地時間) トルコ・イスタンブール 着

一夜明けて、ティラナで快晴の朝を迎えました。

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少し控えめの朝食。

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夜散策は出来ませんでしたが、朝に誘って頂いて、女子3人で朝カフェしに行ってきました。
ユーロも使えマスが、お釣りはアルバニアレクで渡されました。



専用車にて、この度最終(予定)日程の観光に出発デス。
しかし、運転が荒い…無理な追い越しに割り込み、2重縦列駐車。
交通ルールはどうなっているのか(^^;)

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アルバニアは鎖国状態が続いていたため、世界的な有名人を排出するコトが出来ませんでした。
そこで、マザー・テレサのお父さんがアルバニア出身だったコトから、マザー・テレサをスポークスパーソンとして起用し、空港の名前や記念広場を作りました。 



まずはアルバニア・クルヤに向けて、山坂をグングン登って行きマス。
クルヤ山とクルヤ城・クルヤ城下が奥に広がっていマス。

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【クルヤ】
クルヤはクルヤ山の中腹にある中世の時代から栄えた街で、アルバニアの英雄スカンデルベグが統治した地。元はイリュリア人(古代、西バルカン半島に住んでいたインド・ヨーロッパの部族)のアルバニ族が住んでいました。
クルヤは“水の街”の意。
15世紀、スカンデルベグは4度に渡ってクルヤ城を包囲したオスマントルコ軍を3度撃退し、20年以上に渡ってオスマン帝国の侵略からアルバニアを守り、オスマン帝国のヨーロッパへの拡大を遅らせました。
このスカンデルベグの存在は、19世紀の民族意識の高まりを牽引し、アルバニアの独立運動と国民統合に大きな役割を果たしたとして高く評価され、5,000レク紙幣の肖像になっていマス。

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オールドバザール
クルヤ城に続く城下に並ぶ商店街で、17世紀から続いていマス。

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青空とアルバニア国旗のTシャツの赤が眩しいデス。

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クルヤ城に向かって続く上り坂。
トルコの香りがする民芸品の数々が所狭しと並んでいマス。レースや織物。
カラフルで可愛いし、見ているだけで面白いデス。

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骨董品のツボや楽器などもありました。

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クルヤ城が見えてきました。

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城壁から覗くクルヤの街並み。

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オスマン帝国支配下時代のモスク跡
クルヤ城の目の前に残っていマス。

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大砲跡。

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スカンデルベグ博物館(クルヤ城)。
1982年、クルヤ城があった場所はスカンデルベグの功績を示す品々や資料を展示する博物館になりました。
階ごとに時代が分けられて展示されていマス。

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スカンデルベグ像
博物館入口に建物を吹き抜けるように立っている、英雄スカンデルベグと戦友たちの像デス。
スカンデルベグはアルバニア人として生まれ、オスマントルコに人質として連れて行かれて、オスマン軍の兵士となってアルバニアに戻り、突如オスマン軍に反旗を翻して、アルバニアを独立に導きました。

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テウタ像(写真左)とピロ像(写真右)。
テウタは紀元前220年代に君臨したイリュリアのアルディアエイ族の女王摂政で、共和政ローマと第一次イリュリア戦争にて戦いました。
ピロもローマと戦った英雄として説明されていマス。

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イリュリアンの生活用具

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イリュリアンのコイン(写真左)と武器(写真右)

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オスマントルコ帝国との戦いを表した絵画・ステンドグラス

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スカンデルベグの玉座のような大ホール。

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スカンデルベグの兜・刀,大砲。

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このホールの壁には、スカンデルベグの誕生(写真上)からオスマン軍との戦いを経て、英雄として民から従われた生涯(写真下)が描かれていマス。

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スカンデルベグが率いた軍の紋章。
このオオカミのような紋章がちょっと可愛かったデス(写真下)(^^)

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スカンデルベグとともに戦った同胞たちの像。

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スカンデルベグの肖像。

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ジェルジ・アリアニティの像
オスマン帝国に対する抵抗運動を主導したアルバニアの領主

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スカンデルベグの記念コインや切手。

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クルヤ城の模型。

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博物館の屋上からの景色。
豊かな自然に囲まれたクルヤ。

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城壁内の城村。

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見張り塔

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クルヤ山。

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見張り塔から見たクルヤ城。



クルヤ城観光後、クルヤのレストランでランチです。

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生サラダとフレッシュみかんジュース。
ジュースはホントに生絞りで、スッキリしていて美味しかったデス☆

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メインはムサカ。
ひき肉のソースとじゃがいもが層になったラザニアのようなもので、絶品でした☆

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デザートの水菓子。

ちなみにこちらのレストランのトイレはイスラム式トイレで、この使い方は初めてでした。 



専用車で再びアルバニア・ティラナに戻りマス。

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写真は分かりにくいデスが、右端に写り込んでいる歩道に立つポールはアーチ状の部分がライトになっていて、並木のように道路に一定間隔で立っていて、夜間はこれが光ってイルミネーションのように綺麗でした。

【ティラナ】
ダイティ山の麓にあるアルバニアの首都であり、同国最大の都市
人口約60万人
17世紀にオスマン帝国領主によって築かれ、1920年に首都になりました。

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マザー・テレサ広場
マザー・テレサはマケドニア出身で、ご両親はアルバニアの地方に埋葬されていマス。
父親はアルバニアの独立運動家でした。

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マザー・テレサ広場のプレート。
ティラナのいくつかの重要な教育機関などがこの広場に面していマス。

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広場南側に位置するティラナ工科大学

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広場東側に位置するティラナ大学(写真手前)とエアーアルバニアスタジアム(写真奥)。

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広場西側に位置するティラナ芸術大学



再び専用車でティラナ中心街へ移動。

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スカンデルベグ広場
1968年に前述の英雄スカンデルベグの名を取って命名された広場。
博物館などのいくつかの施設が広場に面していマス。

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スカンデルベグ広場に立っている、スカンデルベグ像
1968年に彼の死後500年記念として建てられました。高さは11m

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スカンデルベグ広場の東側に位置する国立オペラ劇場

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スカンデルベグ広場の北西に位置する国立歴史博物館
アルバニアの歴史に関する資料が、古代・中世・民族復興期・独立・第二次世界大戦・共産主義時代と年代順に展示されていマス。

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スカンデルベグ広場の南東に位置するジャミーア・エトヘム・ベウト・モスク
1789年に建設を開始し、1823年に完成

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ジャミーア・エトヘム・ベウト・モスクに隣接するティラナ市庁舎

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ジャミーア・エトヘム・ベウト・モスクに隣接する時計塔
高さ約30m



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トプタニ家のティラナ城跡であるジャスティニア要塞の壁
城壁内は現在、カフェや様々なセレクトショップが建ち並んでいるおしゃれな商業エリアになっていマス。

ティラナには他にもティラナの史跡が点在していマス。
街のところどころに、トーチカ(バンカー)と呼ばれる半球体のものが地上に設置されているのデスが、こちらは仮想敵国を想定して作られたシェルターだそうデス。

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トプタニというティラナの大ショッピングモールです。
ここで残りの自由時間を過ごしました。
アルバニアの様々な衣料品店などのほか、イタリア系のスーパーであるCONADが入っていて、イタリアの食材や加工品などが手に入りマス。
ワタシたちもポテトチップスなどを買ってみました☆

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観光のあと、ショッピングで回って疲れたので、トプタニの中のカフェでお茶しました。
ワタシは手前のティラミスのようなケーキを注文しましたが、このクルームがかたくて、クリーミーなカンジではありませんでした(^^;)

これでこの旅も(予定されていた)全ての日程が終了しました。



夕刻、17時頃。
アルバニアの空港は諸手続きに時間がかかるとのコトで、カウンターが開き次第すぐに手続きできるように、早めに専用車にて空港へ向かいました。

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マザー・テレサ国際空港(アルバニア国際空港)。
ターキッシュ・エアラインとエアアルバニアの共同運行のカウンターに並び、1時間ほど待ちました。
ようやくカウンターが開いて手続きをすると、バゲッジの引換券と航空券を受け取りましたが、航空券はイスタンブールまでのものしか出ませんでした。

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空港のセキュリティを通ろうとした時、ひとり参加のメンバーの一人が係員に止められました。
どうやらスーツケースの中身に問題があったようで、しばらく合流できず、搭乗口付近のお店をウロウロして出発時刻を待ちました。
その一人がようやく合流できて、理由を聞いたらビックリΣ(゚д゚;)
ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルで購入した、お土産品のボールペンが引っかかったそうで、ボールペンは再組立て困難なほどバラバラにされてしまったそうデス。
そのボールペンは実弾を利用して作られたもので、もちろん外見だけで中身はボールペンなので危険性は全く無いのデスが、X線で発見されて危険物と判断されてしまったようデス。
ワタシは自分自身もそれを購入し、スーツケースに入れていたのでゾッとしました(o_o;)
たまたまその方だけが見つかってしまったのかと思うと、この先が心配になりました。。。

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定刻になり、ワタシたちはアルバニアの地をあとにしました。
機内では簡単なランチが出されました。
だいぶ眠かったので、あまり食べられなかったのデスが、サンドイッチもカプレーゼも美味しかったデス。
エアアルバニアの機内食も美味しかったデス☆



順調に行程は進み、イスタンブールの空港には現地時間24時前に到着し、とりあえずイスタンブール〜成田間のチケットが発行されていなかったので、ターキッシュ・エアラインのカウンターへと向かいました。
すると、一人の職員が両手を広げながら、爽やかな笑顔で添乗員さんに近づいてきて、その他数人の職員と何やら話し始めました。
一日観光で疲れていて、早く乗り継ぎ便の搭乗口に行って、出発まで一休みしたいのに立ち往生。
なんで?なんで?と思っていると、何だか不穏な空気が…。
数分後、添乗員さんが曇ったような表情をして、ワタシたちに説明して下さいました。
ワタシたちが乗る予定であった便にワタシたちの席はなく、
次に押さえられるフライトは2日後になる、と(o_o;)°°°°°°°°°°°°°°°
すべては前日日本を直撃していた台風による影響だとのコトで、ワタシたちは受け入れるしかありませんでした。
全ての条件に恵まれて順調に運んでいた今回の旅程でしたが、ワタシたちはこのあと更に2日イスタンブールで過ごすコトを余儀なくされました( ̄□ ̄;)





10月14日の8日目の内容は、バルカン半島旅行記のホーム画面からのみ閲覧して頂けるようになっていマス。
ただ、ワタシは本来どのような経験・トラブルがあろうと、旅程で関わった全ての方々に感謝をしたいと思いマス。
なので、出来るだけ見聞きした事実だけを記したいと思いマスが、ワタシの偏見も含まれるカモしれません。
もしこの記述を読んで不快な想いをされる方がいたら申し訳ないというコトを、まずご承知おきしておいて頂きたいと思いマス。
特にご興味のない方は9・10日目へお進みくださいm(__)m



【1日目(2019年10月7日)】
【2日目(2019年10月8日)】
【3日目(2019年10月9日)】
【4日目(2019年10月10日)】
【5日目(2019年10月11日)】
【6日目(2019年10月12日)】
【7日目(2019年10月13日)】
【9・10日目(2019年10月15・16日)】


 
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