TRAVEL〜Itary(2007.8.28〜9.3)〜

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【3日目(2007年8月30日)】
〜スケジュール〜

午前

アルベロベッロ(世界遺産)を散策

午後

アルベロベッロ→マテーラへ移動
マテーラ市内(世界遺産)を観光
ナポリまで戻り、ナポリ泊

     
この日も快晴☆
7時前に起床して準備をしながら、TVを付けていました。
天気予報は晴れで、いちおうマークは太陽マークのみでした^^;苦笑
それから、チャンネルを回していたら、加ドラマ『アボンリーへの道』のイタリア語吹替え版をやってました☆
まぁ、『アボンリーへの道』と言っても、あまり知ってる人はいないカモですが。
そして、7時半に朝食。
あ、イタリアではコーヒーマシーンの近くにバリスタがいる場合、バリスタが美味しいコーヒーを入れてくれるそうデス。
バリスタはコーヒーを入れるプロで、一般人が同じように入れようとしても一味違うそうデス。
それくらいコーヒーにはこだわりのあるお国だそうデスが、その反面、紅茶に関してはけっこ〜上のクラスのホテルでも用意されるのはティーパックのものだそうデス。
コーヒー嫌い・紅茶好きのワタクシとしては、ちょっと残念^^;↓
このホテルにはちっちゃなおじさんがコーヒーマシンの近くにいましたが、おそらくあれはウェイターさんだったと思いマス。料理とかも運んでたし。

9時にホテルを出発し、まずはアルベロベッロの街に向かいました。
街中はかなり狭い路地を通っていくので、付近まではワゴンで移動し、街中は歩いての移動となりマス。



【アルベロベッロ】 世界遺産
高い円錐形のとんがり屋根に白壁が特徴の
“トゥルッロ(複数形でトゥルリ)”と呼ばれる建物が並ぶ小さな村。
トゥルッロはこの地域で採れる石灰岩を積み上げて造られたもの。
屋根のてっぺんには、その家ごとに願いが込められた
風見鶏,十字架,人などの飾りが付いていて、
屋根自体に太陽やハート,“IHS”(キリストの意)など、不思議な図像が描かれている。
トゥルッロはモンティ地区とアイア・ピッコラ地区の二つに分かれている。

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こんなカンジで、ぎっしりトゥルリが並んでいる状態デス。
ここまで徹底して同じ建物が並んでいると綺麗デス☆
白壁で、可愛らしい形で、石畳の道で。
その全てを昔からず〜っと守っている素晴らしさ^^

ワタシ達はまず、アイア・ピッコラ地区に行きました。

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トゥルリとは、青字で前述した建物デス。
いくつものトゥルッロが一つとなって一件の家となっていマス。
アイア・ピッコラ地区はそのほとんどが民家で、現在でも現地の方が生活していマス。
世界遺産になってからというもの、街の形態を変えるコトは許されませんが そこに住むコトが出来るのは代々トゥルリを守り続けてきた家系の者のみ。
住みたいと思っても住めないものだそうデス。
また右下の写真のように、石灰岩が積み上げられた造りになっているのは、その昔、村民が不当な税金徴収から家計を守るため、役人が来たらすぐに家を壊し、帰ったらすぐに家を造り直せるように考えて出来た建築様式だそうデス。

アイア・ピッコラ地区を一通り散策した後、今度はモンティ地区に行きました。
モンティ地区はお店と民家が一緒になっている所が多いみたいデス。
アルベロベッロの名物である、“オレキエッテ”という耳たぶの形のパスタやドライトマト、それにトゥルリをかたどった置物やキーホルダーなどが売っていました。
モンティ地区はお店というコトで、トゥルリの内部も見せて頂きました☆
現地に日本の方が嫁いでいて、その方が内部を案内して下さり、いっぱい話を聞かせて下さいました。
とんがり屋根の中は吹き抜けになっていて、壁は約30cmの分厚さになっているため猛暑でクーラー無しでも十分涼しくなっていマス☆
また、昔は水を確保するコトが重要だったため、雨水を溜められるようにポンプのような仕組みのモノが備わっていました。
今でこそ飲み水には利用出来ませんが、植物にあげる水や掃除などには今でも使用しているそうデス。

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al7�@al5

また、アルベロベッロ全体が町の中心部に向けて水が流れ、溜め込めるように坂道になっていマス。
(上左:モンティ地区から見たアイア・ピッコラ地区,上右:街中心から上ったモンティ地区)
なので、現地で生活している方にとっては車は使えないし、坂はキツイしで、大変不便なんだそうデス^^;
あ、下は屋根の図像デス。“IHS”の文字もありましたよ。

アルベロベッロの街でちょっとお買い物タイムをとった後、昼食となりました。
ここでは、先ほども紹介した名物・オレキエッテ料理が第一の皿で、第二の皿はポークカツレツでした。
ミラノでは仔牛のカツレツが有名みたいデスけど、スイスにもカツレツあったんデスよねぇ。
ヨーロッパの各地でカツレツは有名なんデスかね?
何だか日本料理のような気もしマスが。
味はオレキエッテはモチモチした食感で、トマトソースによく合い、美味しかったデス。
お土産でさっそく購入♪
それにポークカツレツは普通に美味しかったデス。
とんかつとはちょっと違うような・・・油が違うんデスかね。
ソースとかかけなくても、十分下味が付いていて美味しかったデス。

食事を済ませると、アルベロベッロを後にしました。
午後は車で約1時間半かけて、マテーラの街まで行く予定。



【マテーラ】 世界遺産
岩山に連なるように建つ、“サッシ”と呼ばれる洞窟住居群で知られる。
カルスト地形の谷間に広がる自然の洞窟に
旧石器時代から人間が住み着き始めた。
マテーラ市街はサッシ地区と、斜面の上の新市街から成る。

マテーラに向かう途中、マテーラの歴史について、添乗員さんから話を聞きました。
マテーラはかなり古くから洞窟を住居として人間が住み、 時代を追って人間の手が加えられていきました。
しかし、昔は家畜は財産であり、人間だけでなく家畜も同じ洞窟内に住んでいました。
そのため、衛生状態が非常に悪く、政府は後にマテーラに人が住むコトを禁じ、マテーラの住民は完全に追い出されてしまいました。
しかし、その後、有名な学者さん(名前は忘れたけど^^;)がサッシの学術的な価値を認め、それが元で政府は洞窟住居の整備(人が衛生的に暮らせる造り)を条件にマテーラに再び住民を戻すコトを許可しました。
そして、現在も街の整備は続いていて、住民は徐々に戻りつつありマスが、まだ1/3程度だそうデス。

そして、マテーラに到着デス。

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左は新市街にあるサン・フランチェスコ・ダッシジ教会デス。

マテーラでは、日本女性のガイドさんが案内してくれました。
もう10年くらいになるって言ってたカナ?
30代くらいの浅黒の肌の方で、ワタシの小学校の時のクラスメイトに似てました^^シラナイッテ?
というか、その日の気温は30℃を超えていて、8月の終わりにこれだけ暑い日が続くのは異常だそうデス。
イタリアはかなり乾燥していて、暑いと言ってもカラッとした暑さとなっておりマス。
毎日外でガイドすれば、浅黒くなるほど日焼けもしマスわね( ̄▽ ̄)

ちなみに右は昔(今も?)、現地の方が結婚をする時に男性から女性にプレゼントしたものだそうデス。
飾りが鮮やかで豪華なほど良いとか☆

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上が新市街で、新市街はかなりしっかりとした造りの家になってマス。
下が旧市街(サッシ地区)。
ちょっと分かりづらいかと思いマスが、下の方が洞窟や岩の名残があり、洞窟や岩場を利用して家を改築しているのが分かりマス。

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壁のカンジはこんなカンジ。

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左は正に洞窟。 右は改築されつつありマスがまだ洞窟の名残がありマス。
旧市街にある大階段は映画『パッション』の撮影にも使われたそうデス。

個人旅行だとなかなか情報が無いかと思われマスが、今回はツアーというコトで、洞窟住居の中を見られるスポットに連れて行ってもらいました。
実際に、ある一家が住んでいた家を観光用に改装した所デス。

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これが洞窟住居の内部デス。
日本人観光客用に日本語のアナウンスを流してくれるのデスが、それを聞きながら中へ進みました。
30℃を越える暑さの中何時間も歩き続けだったため、みんなものスゴく汗だくだったのデスが、この住居内では人が生活する部分(左の写真)が23℃。
ちなみにクーラーなんか使ってませんよ。
保温効果が高いため、夏は涼しさを保ち、冬は暖かさを保つコトが出来るのデス。
一気に汗が引きました(´▽`)/
人の生活部分は台所・食卓・寝室などが揃い、やはり水を貯水する仕組みもありました。
洞窟は地下に向かって伸びていて、階段で一番奥まで行けマス。
ちょっと分かりづらいと思いマスが、右の写真デス。
奥までに何個か部屋がありマスが、一番奥はやはり貴重な財産だった家畜が暮らす場所になっていマス。
温度計を見てみると、一番奥は14℃。
今までがヘトヘトになるくらいの暑さだったので、ここはもう体感としては冷蔵庫デス。
半袖じゃ、寒いくらい(@_@)

室内にはここで暮らしていた一家の写真もありました。
いろいろ考えられた造りになっていて、倹しくても懸命に暮らしていたのに、急に追放された一家のコトを思うと、ちょっと悲しいような気持ちになりマス。



その後、マテーラを後にしました。
そして、本日宿泊するホテルのあるナポリに向かいました。
車中では、添乗員さんがギリシャ神話について話してくれました。

オリンピックなどでよく目にする月桂冠で知られる、“月桂樹”に関する話デス。
よく名を聞く“アポロン”という光明の神は、若くて力強い美青年でした。
 ある日、アポロンの前に“エロス”(ローマ神話の“キューピッド”)という愛の神が現れ、“自分が矢を放てば、金の矢が命中した人は鉛の矢が命中した人に必ず恋をする”と言いました。
しかし、アポロンはその言葉を全く信用せず、エロスはついに2本の矢を放ちました。
そして、金の矢はアポロンに命中し、鉛の矢を“ダフネ”という川の神の娘に命中しました。
その瞬間、アポロンはダフネに恋をし、追いかけずにはいられなくなってしまいました。
どこに行くにもしつこく付きまとってくるアポロンに対し、ダフネは嫌悪感を抱いて必死で逃げ回りました。
そして、必死で逃げるダフネをアポロンが捕まえようと手を伸ばした瞬間、ダフネの髪が葉っぱとなり、ついにはダフネは“月桂樹”になったのデス。
エロスをバカにしたアポロンへの天罰だったのか??
と、このようなお話デス。



約4時間の移動の末、ナポリに到着したのは19時を回っていたと思いマス。
今まで農村地帯を延々と走ってきましたが、ナポリ市街はガラッと雰囲気が違ってました。
以前に車窓観光をした時は昼間だったので、話に聞くほどの物騒さは感じられなかったのデスが、辺りが暗くなると
その様相は一変しマス(×_×)
何台ものバイクが連なってムリな追い越しをしたり、物騒なカンジの人たちが街角いたる所にたむろしていて、少し気を抜いたら何が起こってもおかしくないような不気味さが漂ってました@@@
この日の夕食はナポリ市内のレストランで摂るコトになっていたので、バスはレストランから少し離れた路地で止まり、そこからレストランまでは歩いて行ったのデスが、もう怖い怖い。
そこかしこでバイクの騒音が響いていて、すれ違う人がみんな何かをやらかすんじゃないかと、ツアー参加者みんな、荷物を抱えて小さくなって移動しました。
確かに誘拐や殺人が起こってもおかしくないデスね(T_T;)

そして、やっとたどり着いたレストランでの夕食。
ただの夕食ではありませんでした(●_●;)
この日の夕食のメニューは、第一の皿が漁師風リゾット,第二の皿が魚貝類のフライでした。
リゾットは確かに日本のモノとは違って、トマトソースだけどバターの風味が強くて、お米から炊き上げたカンジのする、モチモチとした食感になってました。
美味しいけど、絶対に量は食べられません。
それくらい胃にもたれるカンジがありました^^;
日本のイタリアンは、日本人の胃袋のコトを考えてアッサリしたモノになってるんデスね。
それにお米の仕上がり方もイタリアの方がふっくらしてマス。
それから魚貝のフライですが、これは衣がしょっぱかった(>_<)
っていうか、なして第二の皿は味がハッキリしてるモノが多いのか…。
しかも油がきつくて…って、なんか年寄り臭いコメントですが^^;
しかし、これらはまだ良かったのデス。
今回の夕食で問題だったのはデザート!!
レモンケーキというコトでちょっと楽しみにしていたのデスが…。
まず、出てきた見た目。
ココアっぽい色のスポンジケーキに、たっぷりクリームがコーティングされたモノが普通の1カットサイズで出てきたのデスが、そのケーキは横からフォークで串刺し(正確には寸前)にされてました^^;
「日本では」というか、イタリアのほかのレストランでもどこでもあり得なかった格好で出てきて、思わずみんなで苦笑してしまいました( ̄▽ ̄;)
しかも、ココア色のスポンジですから、普通に想像していたレモンケーキとは違い、「どこがレモンなんだ!?」と思いつつ、みんなケーキを口に運びました。
すると…ものすごい苦味が口の中いっぱいに広がり、当然甘いケーキを想像していたワタシ達の舌はそのあまりの刺激に対処しきれませんでした(−−;)
一口食べただけでみんなフォークを置き、苦笑(; ̄▽ ̄)( ̄▽ ̄;)
実はスポンジは、かなりグショグショになるほどの液体を含んでいて、フォークでスポンジを押すと液体が染み出してくるほどでした。
そして、これが苦味の正体でした。
その正体とは…?
“リモンチェッロ”と呼ばれる、カプリ島名物のレモンのお酒デス。
スポンジ自体に甘みが無く、ココアと多量のお酒が含まれていたので、苦味しか感じられなかったのデス。
(“リモンチェッロ”に関してはあとで紹介☆)
とにかく衝撃的な味でした( ̄△ ̄|||)
ちなみに、このケーキが串刺しにされて出てきた理由も考え、ケーキを取り分ける時に一つ一つ刺して皿に移動させたのでは?と考えたのデスが、それは不可能だと思いました。
あまりに多量のお酒を含んでいるので、フォーク一本で持ち上げようとすると確実に形が崩れてしまうのデス。
そうすると、ケーキを皿に盛ってからフォークを刺したワケですが、その謎が…分かりません( ̄▽ ̄;)



食後再びバスに戻り、ホテルへと向かいました。
本日の宿泊ホテルはナポリ市内にある“BEST WESTERN PLAZA NAPOLI”。
日本のプラザホテルと関係があるんデスかね??
そして、これで一日が無事終わると、思った矢先デス(−−;)
また、あの悪夢が襲ってきました…。
前日と同様、次の日の日程の確認をした後、各々鍵が渡され、荷物を持って部屋に向かったワケですが、鍵を渡される時に添乗員さんから気がかりな発言が…。
「鍵を開けるのにはちょっとコツがあるそうです」
…イヤな予感( ̄× ̄)
部屋に行ってみると、案の定。。。
スイスのベルンBernで宿泊したホテルの鍵そのものでした。
どうしても開けるコトが出来ず、30分も格闘した末に結局フロントの方(懐かしの“ジェフ2”)に開けてもらったという。。
(Switzerland 旅行記 5日目を参照)
その悪夢を胸に鍵を開けようとしましたが、案の定開かず(−_−)
2,3分頑張っているとホテルの方が通りかかって開けて下さいました。
(あまりお顔は覚えておりませんが、紳士的な方でした^^ジェフ3と命名)
しかし、明日はどうすれば良いのか^^;

まぁ、そんな心配は置いておいて。
明日はいよいよお目当ての“青の洞窟”に入りマス!!
天気が良ければ。。。
なので、早々に休むコトに。
ちなみにドライヤーはローマのホテルと同様、掃除機タイプ^^;
でもホース部分を固定出来るので、ローマのモノより
使いやすかったデス。
そんなワケで就寝。

【1日目(2007年8月28日)】
【2日目(2007年8月29日)】
【3日目(2007年8月30日)】
【4日目(2007年8月31日)】 
【5日目(2007年9月1日)】
【6・7日目(2007年9月2・3日)】


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