TRAVEL〜Poland(2018.11.24〜11.29)〜

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【4日目(2018年11月27日)】
〜スケジュール〜 
9:00 ホテル出発
クラクフ市街へ。
9:30 クラクフ旧市街地区観光
○ヴァヴェル城
○ヤギェウォ大学
○中央広場
○織物会館
○聖マリア大聖堂
11:30 クラクフ市街で自由行動・昼食
○シンドラーの工場
○カジミエシュ地区

クラクフ市街でShopping
18:00 クラクフ市街のレストランにてフォークロアディナーショー
20:00 ホテルへ。

4日目の朝を迎えました。

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野菜のサラダ・前菜の種類が多くて助かりマス。
マフィンのパンと、フルーツジャムのパウンドケーキを頂きました。



観光最終日は曇りときどき晴れ。ポーランドの冬は厚い雲に覆われている日が多いようデス。

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専用車で移動し、クラクフ市街へ。
カジミエシュ・ドルヌィ村にも続いているヴィスワ川のほとりから観光開始デス。

【クラクフ歴史地区】世界遺産
11世紀中頃からワルシャワに遷都される1596年までの約550年間、ポーランド王国の首都として栄えた最も歴史のある都市の一つデス。ヴィスワ川の上流に位置しマス。
特に1386年〜1572年まで続いたヤギェウォ王朝時代は黄金期であり、ボヘミアのプラハ,オーストリアのウィーンと並ぶ工業と文化の中心地でした。
1939年にナチス・ドイツの侵攻を受けると支配されましたが、他の都市に比べて壊滅的な打撃を受けるコトはありませんでした
「ワルシャワが東京なら、クラクフは京都」と例えられる歴史的な街並みは、1978年に世界遺産登録されました
ヴァヴェル城や旧市街など街全体が中世の佇まいを残していマス
現在の人口は約78万人ほどデス。
ローマ法王ヨハネ・パウロ二世の出生地でもありマス。

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【ヴァヴェル城】
歴代王の居城として名高く、大聖堂や旧王宮を含みマス。
970年にカジミエシュ3世により建てられました

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ヴァヴェル城の城壁沿いの広場にある竜の像。
竜はヨーロッパでは悪魔の化身とされていマス。
昔ヴィスワ川には竜が住んでいて、美しい娘をさらっては食べていたが、硫黄を染み込ませた羊を食べさせたら、火を噴いて死んだという伝説を表現していマス。
現在はマスコットキャラクター化していて、時々この像も火を噴きマス(笑)

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城壁沿いを歩いて行って、入口に向かいマス。
またまた遅まきながら気づきましたが、ポーランドを観光していて、中国系の方とすれ違うコトが少なかったデス。
ヨーロッパ諸国どこに行っても、必ず各観光スポット毎にすれ違うのデスが、ポーランドは中国人にとってあまり魅力的な国ではないのでしょうか。

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ヴァヴェル城内部の広場デス。

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ヴァヴェル大聖堂。
14世紀〜18世紀の約400年間、ほとんどのポーランド王の戴冠式を執り行った大聖堂であり、国王の墓所。
大聖堂は何度も増改築を繰り返してきたので、様々な建築様式からなりマス。

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美しい黄金のドームや煉瓦造りの壁,竜の装飾などが融合していて、面白い造りデス。

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ヴァヴェル大聖堂の脇を奥に進んでいきマス。

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旧王宮。
16世紀初頭にジグムント1世が建てた、ゴシックとルネッサンスの複合様式の旧王宮。
現在、内部は博物館として開放されていマス。

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王宮の装飾も中世ヨーロッパの雰囲気が残っていて、素敵デス。

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城壁沿いを下って、旧市街に向かって歩いて行きマス。




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クラクフの街並みデス。
こんな歴史的な街並みが丸々現存しているなんて、本当に素敵デス。

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聖ペテロ聖パウロ教会(写真上)。
教会前の柵にキリストの12使徒の像が飾られてマス。
また教会の前、グロツカ通りを挟んで対側にある、エラズム・チオウェク宮殿前のメアリー・マグダレーン広場にあるのがピーター・スカルガ氏の像(写真下)デス。
スカルガ氏は16世紀の僧で反宗教改革者でした。ポーランドの宗派の守護者として祀られていマス。 

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聖アンドリュース教会。
聖ペトロ聖パウロ教会の隣にありマス。

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クラクフ市内の建物にあるプレート(写真)で、ヴェイト・ストスについて書かれていマス。
クラクフはヨハネ・パウロ2世の出身地であり、市内には数多くの教会が建てられていマス。
ヴェイト・ストスは15〜16世紀に活躍した彫刻家で、聖マリア大聖堂の祭壇画やヴァヴェル大聖堂のカジミール4世のお墓などを手がけました

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クラクフ市内にはオブヴァジャーネックというクラクフ名物の露店がたくさん出ていマス。
写真はネット上からお借りした写真デス。
オブヴァジャーネックはリング状のパンで、生地を焼く前に一度茹でているため、歯ごたえのある食感が特徴デス。
現代のベーグルの原型と考えられているもので、ベーグルはポーランド人がアメリカに持ち込んだと言われているそうデス。

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中央広場に向かいマス。途中、馬車に出会いました。かっこいいデス☆

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【中央広場】
クラクフ旧市街の中心にあるヨーロッパ最大の中世の雰囲気を残す広場で、約4万平方メートルもありマス。
写真右手前のエメラルドグリーンの屋根はクラクフ最古の教会である聖ヴォイチェフ教会,その左隣に見える2つの塔の建物は聖マリア大聖堂。

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【聖マリア大聖堂】
1222年に造られたゴシック様式の建造物
美しいステンドグラスや聖堂内芸術品が見られ、15世紀に作られたとされる前述のヴェイト・ストス作の祭壇は国宝指定されていマス。
昔、モンゴル軍がクラクフを襲った際、敵襲を告げるラッパがこの教会の塔の上から吹き鳴らされていましたが、モンゴル兵の放った矢によってラッパ手が亡くなり、そのことを悼んで、今でも1時間ごとにラッパが吹き鳴らされていマス。
ラッパを吹き鳴らすのは消防職員の方たちで、2名が塔に常駐しているそうデス。

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中央広場はクリスマスマーケットの準備中でした。
クラクフでならクリスマスマーケットがギリギリ見られるかと思ってましたが、やはり11月下旬は早すぎたようデス。残念(^^;)
前述しましたが(1日目)、ポーランドはクリスマスが大好きで、日本でいうお正月のように一年で最も重要なイベントの一つと考えられていて、早い人は10月から準備に入っているそうデス。
親戚中で持ち回りでそれぞれの家に親族を招待するのが習慣で、親戚中のプレゼントやパーティー用の食糧を買い込むそうデス。
これはクリスマスの時期にまた来てみないと!

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【旧市庁舎の塔】
1820年に旧市庁舎の建物は取り壊され、この塔だけが残されました
直径3mもある大時計と獅子の像が鎮座していマス。

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【ヤギェウォ大学】
1364年前述(2日目)のカジミエシュ大王によってポーランドで最初に創設された大学
中欧ではプラハのカレル大学に次ぐ歴史を持ち、コペルニクスや法王ヨハネ・パウロ二世もここで学んだそうデス。

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コレギウム・マイウス
15世紀建造のゴシック様式の貴重な建物
(写真上)で、中庭広場ではセレモニーやイベントが行われていマス。
2階にある仕掛け時計(写真下)は毎日決まった時間になると動き出し、ポーランドの偉人の人形が行進してきマス。
メルヘンで可愛かったデスよ☆

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【織物会館(織物取引所)】
ルネッサンス様式の建物で、長さ100mもありマス。
14世紀に建てられ、当時は衣服や布地の交易所でした。

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1階の内部はお土産物屋さんがぎっしり並んでいて、民芸品や刺繍など見られマス。
人も多いのでスリに注意デスが、クラクフの寄木細工などいろんな民芸品が見れて楽しいデス!
2階はクラクフ国立美術館の別館,地下は地下博物館になっていマス。



以上で、午前中の観光ツアーは終了。
これより自由行動デス。

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まずはシンドラーの工場に向かうため、トラムの乗り場を探しました。
中央広場近くのドミニカン修道院(写真左)とトラム乗り場。
目的地に向かうトラムの番号が無かったので、地図を頼りに他の乗り場を探しました。
トラムのチケットはキオスクで売ってマス。
親切なおばあちゃんの店員さんがワタシの拙い英語を聞き取ってくださり、すんなりチケットは買えました。

確かに調べておいた番号のトラムに乗ったはずなのデスが、途中の分かれ道で別の方向に走っているのに気づき、傷口が浅いうちに下車して地図を頼りに歩いて向かいました。
焦りましたぁ(^^;)

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【シンドラーの工場】
第2次世界大戦中にナチス・ドイツから多くのユダヤ人の命を救ったドイツ人実業家オスカー・シンドラーのホーロー容器工場跡
映画『シンドラーのリスト』の舞台となった場所の一つデス。
現在は博物館として改装されていて、1939〜1945年のナチス占領下のクラクフを時代毎にまとめた貴重な資料や映像・写真などが展示されていて、クラクフ旧市街やクラクフ・ゲットーの様子が見られマス。

展示はポーランド語と英語で成されているので、正直よく分からないものが多かったデスが、写真や映像などから、当時の戦況や惨状が見て取れマス。

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博物館はかなり混雑していて、自由時間内に見れるか不安でしたが、何とかチケットを買って入場できました。

オスカー・シンドラーは、学業も優秀ではなく成績証明書を改ざんして退学になったり、いくつもの事業を失敗したり、プレイボーイで正妻を蔑ろにして愛人との間に私生児をもうけたりと、その半生は決して尊敬できるものではありませんでした。
そして、31歳でナチ党員になり、ドイツのポーランド侵攻に合わせて戦 争での一儲けを狙ってクラクフにやってきました。クラクフではユダヤ人から没収したホーロー容器工場を買い取り、闇商売で資産を拡大し、1942年には一 大軍需工場へと成長させました。その従業員の中にはクラクフ・ゲットーのユダヤ人も大勢いました。
シンドラーはポーランドでも楽天的で派手な生活をしていましたが、政党への不信感が次第につのり、財産の使い道は次第に人命救助へと変わっていきました。幸い、シンドラーの工場は軍需工場として高い格付けを受けていたので、それを隠し蓑に従業員を操作出来ました。
1943年にクラクフ・ゲットーが解体されると、その住人たちは前述(3日目)したプ ワシュフ強制労働収容所に移送され、そこでは狙撃や狼による襲撃など被収容者の不審死が相次いでいました(収容所所長アーモン・ゲートによる殺戮。死者は 500人以上)。シンドラーは所長と親しく、「自分の工場内に労働者のための小屋を建てさせたい」と持ちかけて、そこで働く被収容者の安全を確保しまし た。
1944年にプワシュフ収容所が解体されると、2万人以上の被収容者が絶滅収容所に移送されました。そこで、軍需物資生産拡大のために労働者を連れて行く許可を得て、プワシュフから総勢800人を救出し、更にアウシュヴィッツ(3日目前述)からも120人救出しました。
シンドラーは労働者たちの食糧や被収容者を救出するための賄賂・贈物のため、現在の価値にして総額100万ユーロもの大金を使っていたとされ、終戦前にシンドラーはドイツに帰国しましたが、その時には無一文になっていたそうデス。
その後、事業の相次ぐ失敗でシンドラーはどん底を味わいマスが、シンドラーに救出された労働者たちとの親交は続き、その人々からの支援は66歳でドイツのヒルデスハイムで亡くなるまで続きました。
生前の希望で
シンドラーが埋葬されているエルサレムの墓地には、今でも当時の労働者やその子孫たちが参拝に訪れていマス。

大義を成す人がみんな聖人とは限らないのは歴史的に見てもよくある事実デスが、人はいつでも変われるというコトだし、あの惨状は人ひとりの生き方を180°変えるには十分なだけの衝撃だったとも想像できマス。

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当時のシンドラーの執務室が再現されていマス。

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シンドラーの仕事道具の再現(写真上)。
シンドラーや家族の写真も見られマス(写真下)。

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シンドラーの秘書のデスク(写真上)。
秘書が命のリストである“シンドラーのリスト”を口述筆記したタイプライターの再現(写真下)。

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リストについてもポーランド語と英語で紹介・展示されていマス。

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シンドラーの執務室を再現した部屋には、当時のホーロー製品も展示されていマス。

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そして、ホーロー製品の展示の裏には、シンドラーのリストによって救われた労働者たちの名前がプリントされたブースがありマス。

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出口付近のオスカー・シンドラーの展示。
シンドラーの言葉 “Life makes sence as long as you save people” 「あなたが人々を救う限り、人生には意義がある」
“救う”にはいろんな意味が有り、日常のひとつひとつの場面で人を慮るコトがその者自身の人生を豊かにすると解釈しました。

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工場で使われていた機材・器具。



その後、トラムに乗って市街地方面へと向かいました。
次はカジミエシュ地区へ。
カジミエシュ地区に着いて、まずはランチしに行きました。
いくつかカフェがポツポツあったのデスが、メニューの看板が一番分かりやすく出ていたところに入りました。
食べたいものがあったので。

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本店舗の前に立てられたテントの中で、ストーヴが焚かれていたので暖かかったデス。
半日外で歩き回っていたので、寒かったぁ(+_+)

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ポーランド名物・ピエロギ!
これが食べたくて探してました。
水餃子みたいにモチモチの生地の中にひき肉やジャガイモ,チーズなどが入っているもので、めちゃくちゃ美味しかったデス☆☆
一応、中身の具で3つくらい種類があって、一番オーソドックスなものを聞いて頼んだのデスが、当たりでした!
ポーランドに来たら、絶対食べてもらいたい一品 ベスト2!!



体も温まって、観光再開デス。

【カジミエシュ地区】
1335年にカジミエシュ大王(前述2日目)の手でクラクフとは別の街として作られました。
大王は当時迫害されていたユダヤ人の保護に熱心に取り組んだ王として知られ、多くのユダヤ人がクラクフに移住。
商工業の発展に寄与し、15世紀〜第二次世界大戦までユダヤ人が大多数を占める地区として栄えました。

映画『シンドラーのリスト』のロケ地として有名デス。
今でも多くのシナゴーグが点在していマス。

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スタラ・シナゴーグ。
ポーランド最古のユダヤ教の神殿
15世紀に建てられ、第二次世界大戦中はドイツ軍の弾薬倉庫として使われました。
現在はクラクフのユダヤ人博物館になっていマス。

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路地を進んでいきマス。何となく映画の雰囲気を感じマス。

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イサク・シナゴーグ。
17世紀に建てられ、第二次世界大戦で破壊されましたが、80年代に再建されました

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この辺りも映画のシーンで使われたのでしょうか。
歴史的街並みを残しながらも、少しもの悲しい雰囲気にも見えマス。

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クパ・シナゴーグ。
17世紀建立

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テンペル・シナゴーグ。
19世紀に建立。ネオロマンス様式の建物



カジミエシュ地区をあとにして、中央広場の方向へ戻ろうとした時に、マフラーを失くしたコトに気づきました
Σ(@@;)
でもどう考えても落としたとは思えなくて、考えられたのはランチをしたカフェだったので走って戻りました!
幸い、カフェの座っていた席に置き忘れていたのを発見できました。
皆様もどうかお気をつけ下さいm(__)m笑

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歩いていると、もうだんだん暗くなってきました。
ポーランドの日没は早かったんだと、今更ながらに思い出しました。
路地にあったクリスマスツリー。

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買い物や散策をしつつ、歩いて中央広場まで戻ってきました。 
中央広場のイルミネーションも綺麗デス☆☆
つくづくクリスマスマーケットを見たかった(T▽T)
教会もライトアップされていました(^^)

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空港でも販売されている、チョコレートの名店。
ショーケース内から自分で好きなものをセレクト出来マス☆

他にもいろいろお土産物を買い込みましたが、ポーランドのお菓子メーカー(いわゆる日本でいう“モリ○ガ”や“メ○ジ”)の専門店なんかもあり、そこでは クリスマスバージョンやいろんな変わり種バラエティのものも扱っていたのデスが、お土産物としてばらまき用として考えるなら、スーパーで買った方がお得で した。
これも結果論デスが、ワルシャワのスーパーで買っておけば良かったと思いましたけど、さすがに1日目でトランクをパンパンにしてお土産を買い込むコトはなかなか考えられなかったデスね。

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夜の聖ペトロ聖パウロ教会。
ライトアップされていて、幻想的な雰囲気デス。

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夜の街並み。

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聖ベルナルト教会。
ヴァヴェル城付近にあって、15世紀に建立

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夜のヴァヴェル城。



18時にツアー参加者と合流して、ディナーです。

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ちょっと夜になると寂しげな路地裏にあるレストラン。

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でも内装はクリスマスの雰囲気で可愛らしかったデス。

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紅茶で暖まってから、サラダ。

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付け合せの野菜はまた別。

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更にメインのお皿にも主食のジャガイモとサラダ。
最後までお野菜たっぷりで、チキンのグリル。

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甘いデザートが来ると分かっていても、カフェ文化のポーランドで飲んでみたかったホットチョコレート♡
めっちゃ甘かったデスが、体に染みましたぁ(´▽`)
デザートはシャルロトカと呼ばれるりんごのケーキ
甘かったけど、美味しかったぁ!
今度はゆっくりポーランドのカフェも回ってみたいデス。

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フォークロアディナーというのは、アコーディオンによるポーランド民謡の演奏に合わせて、民族衣装を来た踊り子が民族舞踊を披露してくれるもの(写真上)で、時々観客も参加しマス(写真下)。
以前、海苔の大森屋がCMで使っていた ♪の〜りを〜 おく〜りましょう お〜おも〜りや〜 というあの曲はポーランド民謡だったんデスね!
このディナーで聞いて初めて知りました。
日本語題は“森へ行きましょう”というそうデス。
ダンスはひと時デスが、曲のノリも良くて楽しかったデス。



あっという間のディナーも終わり、専用車でホテルへ戻りました。
とうとうポーランドでの観光は終わってしまいました。
明日は帰国デス。



【1日目(2018年11月24日)】
【2日目(2018年11月25日)】
【3日目(2018年11月26日)】
【4日目(2018年11月27日)】
【5・6日目(2018年11月28・29日)】 

 

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