TRAVEL〜France(2009.10.16〜10.21)〜




【4日目(2009年10月19日)】
〜スケジュール〜
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午前 |
モン・サン・ミッシェル(世界遺産)へ |
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午後 |
モン・サン・ミッシェル(世界遺産)へ |
朝6時45分。
朝のシャンゼリゼ通りデス。
朝食も摂らずにJTBと提携している“myバス”の事務所へ。
4日目は丸々一日自由行動の日だったのデスが、オプションツアーを申し込み、念願の“モン・サン・ミッシェル”に行って来ました!!
しかし、パリから行くと一日がかりで行っても滞在時間は実質3時間ほどと、とてももったいない日程とはなっていマス。
ほとんどが移動時間に費やされてしまうワケです。
だんだん夜が明けて来ました。セーヌ川デス。
どんどんパリから郊外へと外れて行き、景色ものどかになってきマス。
今日は快晴。
モン・サン・ミッシェルのあるノルマンディ地方は酪農や農業が盛ん。
リンゴが名産らしいデス。
そして…これがモン・サン・ミッシェル!!
徐々に近づいて参りました!
【モン・サン・ミッシェル】(世界遺産)
西海岸、サン・マロ湾上に浮かぶ修道院。
カトリックの巡礼地。
“モン”は仏語で“山”。
“サン・ミッシェル”は仏語で“聖ミカエル”。
聖ミカエルは最強の天使で、“ドラゴン退治をした”などの武勇伝があり、“ジャンヌ・ダルクを戦いに導いた”と言われている。
708年、聖ミカエルはオベール司教に命じられて、海に囲まれた小高い岩山の上に小さな礼拝堂を建てた。
10世紀末にはベネディクト派の修道院としての威信を高め、巡礼者が多く訪れるようになる。
そのため、海に囲まれた円錐形の岩盤の上に建つ修道院は増築を繰り返しながら複雑さを増していった。
11世紀にロマネスク様式の教会が建てられ、13世紀にゴシック様式が登場し建物はより上方へと伸びた。
英仏百年戦争の際は要塞として機能。
早い潮流の海に囲まれた地形,潮の干満による水位の差、これらにより英軍は攻めあぐね、陥落するコトは無かった。
また、修道院は一時期荒廃し、18世紀のフランス革命後は監獄に転用され、19世紀にナポレオンの勅命で廃止されるまで続いた。
正面から。当然デスが、全体は入りきれません。
そのスケールの大きさと荘厳さは圧巻!
王の門と呼ばれる厚い城壁の門をくぐると、グランド・リュと呼ばれる修道院までの参道が伸びていマス。
現在、両サイドにはホテルやお店などが立ち並んでいマス(左)。
そして、坂を登って行った先に修道院がありマス(右)。
この頃、すでにお昼時で、昼食を食べてから観光しました。
しかし、時間的に忙しい忙しい。
ゆっくり食べている暇はありませんでした。
護衛の間と呼ばれる修道院の入り口で、訪問者の身元確認をしていたとのこと。
入場口を入ると、修道院付属教会へと続く90段の大階段があり、ひたすら登って行きマス。
高い壁に囲まれていて、頭上には侵入者を狙い撃ちするための橋が架かっている。
これが西のテラス。かなりの高台になっていて、ここから周囲の湾などを望むコトが出来マス。
干潮時は一本の道が修道院まで伸びていて、巡礼者や観光客の行き来が可能となりマス(左)。
しかし、満潮時にはこの道は海に沈みマス。
道の反対側の方は海に面していマス(右)。
海風で非常に寒くなっていマスが、景色はとても綺麗デス!
修道院付属教会。
11〜12世紀に建てられたロマネスク様式の身廊と、1523年に完成したゴシック様式の内陣をもつ。
より奥に見られる半円形のアーチ部分がロマネスク,そのすぐ手前にある尖頭アーチ部分がゴシック。
教会というコトで、とても厳かで心地良い静寂が広がっていマス。
教会の柱の一角には聖ミカエルの像が建てられていマス。
回廊。
修道院最上部にある僧たちの瞑想の空間。
食堂。
両サイドに見られるテーブルのようなものが食卓。
食事は神聖な儀式とされ、言葉を発するコトも許されず静寂の中行われたとのこと。
これじゃ、ホントに何にも話せませんよ^^;
そして、これが厨房。
厨房なのに台的なモノは一切無く、正面に見られる部分が暖炉のようになっていマス。
貴賓室。
ゴシック様式の造り。
食堂の真下にあり、大切な来客のために使用。
下へ向かって進んで行きました。
丸い天井窓のような部分は先ほどの西のテラスの部分の階の床部分にあたりマス。
先に進んでいくと、いくつもの礼拝の小部屋がありマス。
左はゴシック様式。
右はロマネスク様式。
そして、これが監獄としての名残。
左は人間歯車。
中心部にある自転車部分をハムスター状態で囚人がこぎまくり、下に伸びたロープの先に付けられた荷物を上へと持ち上げる作業をしていた。
荷物はレンガなどかなり重いモノだったそうデス。
右は牢屋。
騎士の間。
写本など勉強や作業を行った部屋。
こちらもゴシック様式。
その後、城下町でショッピング。
時間的には短かったデス。
モン・サン・ミッシェルは卵を使用した料理が有名。
中でもホテル“メール・プラール”のオムレツは有名デス。
まぁ、今回は食べられませんでしたが、卵を使ったフランス菓子・ガレッドも有名でお土産に購入☆
試食もさせてもらえマス。
また、帰りは夜8時頃にパリ市街到着予定だったので、ホテルで夕飯を食べられるようにキッシュやタルトも購入^^
いそいそと買い物を済ませて、3時頃にはモン・サン・ミッシェルを後にしました。。。
…どんどん離れていきました。
付近の村にはリンゴの樹が見られました。
夜8時頃、パリ市街に予定通り到着。
ちょうど8時から3分間。
エッフェル塔が緑色に点滅してました☆
そうとは知らず、写真撮り損ねてしまいましたが(;_;)
myバスの添乗員さんによると、明日は国鉄がストライキを起こすとの情報が入っているとのコトでした。
フランスではちょくちょくそういうコトがあるらしく、そうなると国鉄は全てストップするそうデス。
しかも、それに乗じてベルサイユ宮殿や美術館もストライキを決行するコトもあるそうデス。
観光客も迷惑しマスが、一般市民は慣れてるんでしょけど大変でしょね…。
その後、myバスとはオペラ座付近の市街で解散。
地下鉄とタクシーでホテルまで帰りました。
そして、モン・サン・ミッシェルで購入したパンで遅めの夕飯。
もう明日は帰国の日…
早すぎデス…




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