TRAVEL〜Austria&Czech(2012.11.17〜11.23)〜





【5日目(2012年11月21日)】
〜スケジュール〜
| 9:00頃 | ベルトラムカ荘(モーツァルトの別荘) 聖ミクラーシュ教会 フラチャニ広場(大司教館,シュヴァルツェンベルク宮殿) プラハ城(聖ヴィート大聖堂,旧王宮,黄金の小路) ストラホフ修道院 ペトジーン公園 |
| 13〜14:00 | カフェにて休憩 |
| 旧市街周辺でshopping カレル橋 |
|
| 20:00頃 | 夕食 ホテルのラウンジバーにてお疲れ様会 |
天気はくもり。時々雨がパラパラしましたが、傘は差さずに済む程度でした。
そして、朝はやはり寒いデス。
たまたま今回、利用させて頂いたホテルが面していた通りが、いわゆるモーツァルト通りでした。

この通りをホテルの方から若干登った先には、ベルトラムカ荘(モーツァルト記念館)がありました。

ここはかつてモーツァルトの別荘だったところだそうデス。
ザルツブルク生まれのモーツァルトは、ヨーロッパ中を旅して回り、プラハも4回ほど訪れたそうデス。
オペラ“ドン・ジョヴァンニ”はここで書き上げられたと言われていマス。
この別荘は、現在モーツァルト協会所有の記念館になっていて、モーツァルトの曲に関する資料が展示されているそうデス。
4回の滞在のための別荘!?とか思ってしまいマスが、1回の滞在が長いんでしょうね。
芸術家のそんな生き方は羨ましいデス。
特にヨーロッパは陸続きで、いろんな国を遠出の気持ちで巡って、絵や音楽などの想像を掻き立てられる出会いが多かったでしょうし。

ベルトラムカ荘は9:30開館で、ワタシたちは今日のスケジュールが詰まっていたので、中に入るのは断念しました。
門の外側から覗いた別荘。
イメージよりは若干手狭な広さではありましたが、何棟か建物が並んでいました。
その後、地下鉄を利用してプラハ城に向かいました。

最寄駅のマロストランスカーはヴァルトシュテイン宮殿に隣接していて、駅の構内から裏手に出るとその庭園に出マス。
ヴァルトシュテイン宮殿は、17世紀前半にヴァルトシュテイン将軍がプラハ城をしのぐ宮殿を目指して、プラハ城下にあった3つの庭園と26の民家を買取り、バロック様式の宮殿を建設したもの。
確かに、豪奢な宮殿というよりは、統一された様式の屋敷をいくつも集約したカンジでした。

駅正面から出ると、広場が広がっていて、その奥にはヴルタヴァ川が流れていマス。
ワタシたちはこの正面口から出て、プラハ城に向かうため小路に入りました。

こんなちょっとした小路の一角でも、まるで伝記や物語に出てくるようなお家が並んでいマス。
もちろん、道は石畳。より一層、馬車の走る中世の雰囲気が出ていマス。
歩き進んでいると、石畳の修復作業をしているところもありました。
新しい石と入れ替えたり、部分的に補強したりして、みんなでこの景観を守っているんデスね。
でも、ウィーンで歩きまくって、土踏まずがつる状態にまでなっていた足には、この石畳の振動はキツイ(T_T)
申し訳ないデスが、よりフラットなところを選んで歩いていました^^;

通りの途中にはいくつもの教会がありました。
左がセントトーマス教会、右がセントジョセフ教会。

そして、マラー・ストラナ広場に出ると、そこから聖ミクラーシュ教会(裏手)が見えマス。
旧市街広場にあった白壁の教会と同じ名前であって別物デス。
しかし、旧市街の方はドイツの建築家ディーツェンホーファー(息子)が手がけ、こちらは18世紀半ばにディーツェンホーファー(父)が建設し始めたものを息子が引き継いで完成させたもので、プラハ・バロック建築の頂点に立つと言われる美しい教会デス。
1787年にモーツァルトが演奏したオルガンが残っているそうデス。
荘厳な外観の装飾に、エメラルドグリーンの屋根がとても映え、プラハの街を彩っていマス。

更に進むと、リヒテンシュタイン宮殿と広場が出てきマス。
ここでは室内楽などが楽しめマス。


そして、プラハ城に向かうため、メインストリートから逸れマス。
プラハ城は小高い丘の上にあるので、上り坂が続きマス。
写真上右の階段は、プラハ城の城壁(写真下)に沿って伸びており、数えたら227段ありました。


丘を登りきったところから見える、プラハの街並みデス。
曇りで霞みがかっているのが残念でなりませんが、レンガ色とエメラルドグリーンの屋根の色が混在する、まさにこれがプラハと言える景色デス!

そして、これがフラチャニ広場。
プラハ城正門前の長方形の広場で、プラハ城,大司教館,貴族の館に囲まれていて、中央には1726年に立てられたペスト記念柱がありマス。
ウィーンのグラーベンにあった三位一体像といい、ペストの流行がいかに中欧の歴史に深い影を落としたかが窺えマスね。

こちらが城に向かって左側にある大司教館。
16世紀に建てられた白亜の館で、18世紀に現在のロココ様式に改築。

大司教館の向かいにある、シュヴァルツェンベルク宮殿。
もとは貴族の館であった、ルネサンス様式の建物。現在はアートギャラリーになっていマス。

こちらがプラハ城デス。
9世紀〜14世紀にかけて建設され、16世紀末にハプスブルク家のルドルフ二世がプラハに宮廷を置いたコトで城は栄え、全盛期を迎えました。
しかし、次期王が宮廷を再びウィーンに戻したコトで城の繁栄は止まり、マリア・テレジアの時代に大改築が行われたものの、衰退していきました。
1918年にチェコスロバキア共和国が成立すると大統領官邸となり、現在も一部は大統領府となっていマス。
東西に長く伸びる、さながら一つの街のような要塞。
正門・東門・北門の3つの入口をそれぞれ2人の衛兵が守っていて、正門では毎日正午に衛兵交代が行われているそうデス。
ここはさすがに観光客がいっぱいいました。
お城といっても、近くで見ると城壁が高く、その全貌は見えませんでした。とにかく大きい。


正門をくぐり、第一中庭を通り抜けたところにあるマティアス門。

マティアス門をくぐってすぐ右手に見える、聖十字架礼拝堂。

第二中庭を横断して、王宮美術館内にある受付でチケットを購入して、入場口をくぐっていきマス。
これが聖ヴィート大聖堂。
926年にヴァーツラフ一世によって創建された円形の教会は、11世紀にロマネスク様式に立て替えられました。
現在の大聖堂は14世紀にカレル四世によって建設が始められ、西側半分は19〜20世紀にかけて建てられ、1929年に現在の大聖堂が完成。
全長124m,幅60m,天井の高さは33m,南塔は96.5m,西側2塔は82mの大教会。
これ以上後ろに下がれなくて、その全貌はカメラに写りませんでいた。
凛と空に向かって伸びる塔が威風堂々としていて、それでいて装飾が細かくて綺麗でした。
1929年なんて、最近まで建設が続いていたなんて思えないくらいの風格がありました。


中はロマネスク様式で、天井が高く、空気が澄んでいました。

主祭壇。
ガラス絵と、それを通して差し込む光がホントに綺麗デス。

主祭壇の後方には、7つの礼拝堂がありマス。

西側廊内左右3つずつある礼拝堂には、アールヌーヴォー画家たちによるガラス絵が描かれていマス。
写真左はそのうちの一つ。
“聖キリルと聖メトディウス”と題されたアルフォンス・ムハの傑作と言われていマス。
そして、写真右のような立派なパイプオルガンもありマス。

聖ヴァーツラフ礼拝堂。
礼拝堂の壁はガーネットやアメジストなどの原石で覆われ、継ぎ目に金が施されているそうデス。
なんだかお屋敷の一角のような。
当時のボヘミアの富を誇示しているかのような豪華さらしいデス。

そして、正面出口から出てきて、左回りに建物の外観を見ていくとこんなカンジ。
写真右は後ろ姿。
原型の円形の教会に増築していったカンジが分かりマスね。

聖ヴィート大聖堂から第三中庭を挟んで向かいに見えるのは、大統領公邸。
マリア・テレジアの時代に3つの館を繋げてロココ様式に改築した宮殿で、現在は大統領執務室になっているそうデス。


そして大統領公邸の左隣に建つ、この一見ホテルのような古い外観の建物が旧王宮。
12世紀にボヘミア王の居城として建てられたもの。
ホール南側に突き出した部分には、“プラハ窓外放出事件(カトリック化 に反対したプロテスタント派が城に押しかけて皇帝の代理人3人を窓外に放り出した事件。30年戦争の発端。)”が起こったボヘミア官房があり、その他、最 高裁判が行われた議会の間,地方公文書保管室,王室専用礼拝堂などがあるそうデス。
中は撮影禁止だったので、記憶をたどりマスと。。。
17世紀の家具など調度品が復元されていましたが、他の国の王宮から比べると質素に感じ、あまり裕福な王族の家という印象は受けませんでした。
食堂として使われていた間の床は、大理石でも真っ赤な絨毯でもなく、体育館の床のような板張りでしたし。
聖ヴィート大聖堂内の礼拝堂の方がよほど豪華で煌びやかに見えるくらいでした。
やはり国によって財力に差があったのでしょうけど、他の欧州諸国よりは貧しかったのでしょうね。

旧王宮を出て、右手に進むと正面に見えるのが聖イジー教会。
920年に創建され、12世紀に再建された古い教会で、非常に保存状態の良いロマネスク建築と言われていマス。

教会内部。
主祭壇のある正面に向かって進むと、バロック建築の石段がありマス。
写真右は入口上にあるパイプオルガン。

こちらも入口付近にある小さな祭壇デスが、天井画がや装飾が綺麗でした。

聖イジー教会を出て左に進んでいくと、黄金の小路がありマス。
かつて城の番兵たちの小屋だったカラフルな小さい家がズラリと並んでいマス。
16世紀にルドルフ二世が錬金術師を住まわせて、不老不死の秘薬を作らせていたと伝えられているコトからこう呼ばれているそうデス。
建物の一部は雑貨屋さんなどのお店になっていて、チェコ名物のマリオネットなども売っていマス。
ワタシの大好きな空間デス。
その後、プラハ城をあとにしました。
時間的に余裕がなかったのでペトジーン公園などの観光は断念し、マロストランスカーの駅まで戻り、駅周辺にあるガイドブックに載っていたカフェを探しました。
映画“のだめカンタービレ”で、エリスが営業の電話を掛けたりしていたテラスの撮影に使われていたところ。
しかし、一応地図に示されている方向に行ってみたのデスが、行けども行けども見つからず、時間ももったいなかったので断念。
地下鉄にて新市街に出ました。

ヴァーツラフ広場の端にドンと見えていた、国立博物館の目の前に出てきました。
チェコ最大の博物館で、19世紀末のルネサンス様式の博物館。
チェコの歴史を伝える展示物などが所蔵されているそうデス。
夜とはまた違った雰囲気デス。

ヴァーツラフ広場を旧市街方向に歩いている途中にある、カフェ・エヴロバ。
20世紀初頭に完成したアールヌーヴォー様式の建築物で、現在はホテルですが1階はカフェとなっていマス。
ここでランチを食べるコトにしました。
店内は狭い空間ではありましたが、中世の貴族がパーティーでも開きそうな雰囲気で、赤い絨毯に古そうな調度品が並んでいました。

ワタシが注文したのはラザニア。
若干甘めのミートソースとトマトソースの2種類のソースが層をなしていて、上からチョコレートソースがかかっていました。
でも、なかなか合うんデスよ、これ。
めちゃくちゃ量が多くて食べきれませんでしたけど。

そして、この日。ワタクシの新しい一年がスタート致しましたので、祝って頂きました^^
チェコではハニーケーキ(生地に蜂蜜を練りこんだケーキ)やパラチンキ(写真右。クレープ)などのスイーツが有名で、食事としてビールとともに甘いものを食べる習慣があるそうデス。
そして、シュトゥルードゥル(写真左。アップルパイ)も有名で、ハニーケーキが無かったのでこちらを頼みました。
ちなみにトモダチがパラチンキをオーダー。
味は普通のアップルパイでしたが、無事にこの日を迎えられて感謝デス。
その後、旧市街広場を通って、途中買い物もしつつ、カレル橋へ。
明るいうちにもう一度見ようと思って来たのデスが、またすっかり日が暮れてしまいました^^;
ヴルタヴァ川(モルダウ川)に架かる最古の橋。
1357年から聖ヴィート大聖堂を建てたペトル・パルレージュの指揮のもと建設が開始され、1402年に完成。
幅9.5m,長さ516mというヨーロッパ中性建築の頂点に立つ傑作。
橋の上には30の聖人像が並んでいて、これは17世紀末から20世紀前半にかけて次々と取り付けられたもの。

30聖人すべては載せられませんが、このように橋の両側に等間隔で並んでいマス。
そして、その近くには物乞いをする人やホームレスさんもいて、すりの危険性の高い場所とも言われていマス。


橋から見たヴルタヴァ川デス。
晴れた昼下がりにも見てみたかったデスが、また夜景デス。
でもどこまでも続く川と、その両側にきらめく街がとても綺麗でした☆


左岸の橋塔(写真上)と、左岸から右岸へと向かう橋の様子(写真下)。
石畳で、街灯が優しく光っていて、綺麗な橋デス。

その後、再び右岸に渡って、お買い物。
チェコといえばガーネット。
自分へのご褒美として買っちゃいました(^^)¥
だって、ショップのお姉さんが親しみやすい上に、ススメ方がうまかったので☆
しかし、カードを止めてしまっていたので€でお支払い。
まったく…あんなコトさえなければ!
思う存分買い物を楽しめず若干消化不良デス(−_−)
そして、マリオネット(操り人形)もトモダチとお互いにプレゼントとして買い合いました。
お土産の買い物をゆっくりと済ませて、ほぼ満足してホテルに戻りました。
昼のラザニアが効いていて、お腹が全く空いていなかったので、ホテルの部屋で少々休んでからバーに行くコトにしました。

ワタシたちのホテルは、ワタシたちが泊まっていたビジネスホテル棟と4ツ星ホテルであるエグゼクティブ棟に分かれていて、2棟はケーブルカーで繋がっており、エグゼクティブ棟にはラウンジバーがありました。
昨日ちょっと下見をしておいたので、迷わずケーブルカーに乗り、プラハの街の夜景を見ながら登りました。

こちらはラウンジバーの窓際席から見える風景。

お互いの誕生祝い&お疲れ様会開始デス。
トモダチは主にビールを飲み、ワタシは写真左と写真右のグラスのカクテルを頂きました^^
そして、今回の旅の愚痴と反省を話しつつ、楽しかった思い出を語り合いました♪

そして、トモダチとのプレゼント交換でもらったマリオネットがこれデス。
お姫様の人形なんかが多い中、町娘っぽいフランス人形のようで可愛かったので☆
これで700Kčくらい(3,000円程度)。
やっぱチェコの物価は安い。というか、破綻してしまいそうデスね^^;
そんなこんなで、気持ちよくほろ酔い気分で(トモダチはかなり酔ってたカナ^^;)部屋に戻り、名残惜しいデスが帰国の準備をしました。
【1日目(2012年11月17日)】
【2日目(2012年11月18日)】
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【4日目(2012年11月20日)】
【5日目(2012年11月21日)】
【6・7日目(2012年11月22・23日)】
【2日目(2012年11月18日)】
【3日目(2012年11月19日)】
【4日目(2012年11月20日)】
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