TRAVEL〜Austria&Czech(2012.11.17〜11.23)〜





【4日目(2012年11月20日)】
〜スケジュール〜
| 9:00 | ホテルをCheck Out。 タクシーにてマイドリング駅へ。 9:33ウィーン発、14:18プラハ着の列車でプラハへ。 |
| PM |
15:00ホテルCheck In ヴァーツラフ広場 ナ・プシーコピィエNaPrikope通り でShopping |
4日目の朝。
ウィーンは曇りでやはり霧がかっているカンジでした。
フロントでタクシーを呼んでもらって、check outも済ませて待ちました。
今回のドライバーさんはとても親切な方で気持ちよく駅に到着しました☆
本来、国境を越えるような長距離列車はウィーン中央駅やウィーン南駅から出ているのデスが、2013年まで改修工事中だったため、今回はマイドリング駅からというコトみたいデス。

定刻通り、列車が到着。
早速指定された席を探しました。
すると…ここで今までの海外旅行史上、最悪の出来事が。。。
指定された席がどこか探していて、一応席はすぐに見つかったのデスが、大きなトランクをどうすれば良いか考えていて、近くに自転車置き用のスペースがあったのでそこに置けばいっか〜とかノンキに2人して考えていたんデス。
そしたら、明らかに17くらいの未成年っぽい女の子がたぶんドイツ語で話しかけてきて、「荷物はここには置けない。向こうに行って」というようなコトを言ってワタシたちを誘導し始めたんデス。
ワタシ達も確信がなく、でも席は今のところで合ってそうだったので、手荷物を一つ席に置いてついて行ってしまいました。
少し歩くと、どうもその女の子の仲間と思われる同じ年くらいの男の子も誘導に加わっていて、おそらく等級の異なるボックス席の方まで連れて行かれました。
そして、その子たちの仲間の女の子が乗っているボックス席の前で「このボックス席の網棚に乗せて」と頻りに指さされ、でも席はさっきの場所で確信があった のでどうしたら良いか分からず、立ち止まってチケットをもう一度確認していると、狭い通路でその子たちにぎゅうぎゅう体を押し付けられてきたんデス。
この時、初めて「なんかヤバイ」と思い、手荷物のカバンのファスナーに手を掛けました。
すると「sorry」と謝られ、体が少し離れました。
そして、再び執拗に網棚にトランクを乗せるように言われ、絶対持ち上げられないから無理というジェスチャーもしたのデスが強引に引き込まれ、男の子に手伝われて重いトランクを乗せさせられました。
すると、“(そのボックス席の)隣のボックスに行け”というような手振りをされて、でもそこは絶対違うと思ったので、トモダチが通りかかった日本人の男性に話 しかけて席のコトを聞き、その方が「車掌さんが回ってきてますよ」と教えて下さったので、トモダチが聞きに行ってくれました。
すると、急に置いてきてしまった手荷物が気になってしまい、ワタシが元の席の方に走り出すと、その子たちが「Wait!」と声をかけてきて、でもワタシは無視して手荷物を置いてきた席に戻りました。
手荷物は無事で、ホッとして再びさっき案内されたところに戻り、おもむろにバッグの中に手をやると…背筋が凍りつきました。。。
財布がない…。
とりあえず、財布だけが無くなっている…。
頭が真っ白になって、そこで初めて“スリ”というものに遭ったと初めて理解しました。
生まれて初めてのスリ被害(○_○)今までよく聞いていた“グループでのスリ”って手口デスよね。
体を押し付けられた時に「なんかヤバイ」と思って、そこでもっと自覚していれば良かったのに、思い返せばめちゃくちゃ隙を与えていて、完全にやられたと思いました。
でもあの子たちがやったという証拠も(確信はありましたが)、あの子たちを問い詰めるだけの言語力もワタシには無く、車掌さんに声を掛けて来てくれたトモダチに今の状況を説明し、完璧心臓バクバクでただただ動揺。
すると、さっきの男の子がフラッとやってきて、ワタシの財布を手に持っているではありませんか!?
そして、いかにも「あっちに落ちてた」的なコトを言って、ワタシに財布を返してきました。
ワタシは思わず「良かった!」と言って表情を緩めましたが、そうこうしているうちにその子たちは全員どんどんはけていき、どこかへ消えていきました。
その後、財布の中身を確認し、現金全額とカードが無事であるコトを確認。
まぁ、そもそもプラハに向かっていたので現金は全てチェココルナに変えていて、ユーロはトランクの中に入れていたので。
でも急にカードのスキミングが心配になってきて、すぐにカード会社に電話をして、たとえ被害に遭っていなくても不安になっているよりはいいや!と思い、カードを止めてもらいました。
一応トモダチも体を押し付けられ、しかも財布は無事でしたがカバンのファスナーは開けられていたので、カードを止めました。
その後はなかなか興奮状態が収まらず、とりあえず車掌さんに事情を説明して案内されたところにトランクを置いて座りました。
アドレナリンが吹きに吹き出して、心臓のバクバクが止まらない。
そして、2人とも無言でいろんな思いが錯綜@@@し、だんだんイライラしてきました(−−#)
あの子たちに対してもデスが、自分自身にも。
“くだらないコトしてくれたな!”という苛立ちと、トランクを無理やり網棚に乗せさせられて腕が痛くなったというムカつき。
そして、海外旅行を重ねるごとに気を緩めてしまっていた自分自身への嫌悪感と猛省。
まぁ、今回はホント運良く相手が子供だったので、小心者で財布も戻ってきたし、スキミングもされずに済みました。(たぶん、ワタシたちが被害に気づいて通報されると思ったし、長距離列車内で証拠を持っていると逃げられなくなるので返してきたんだと思いマス。)
でも、“次は無いと思え!”と自分自身に何度も言い聞かせ、絶対に同じ轍は踏まないと決意しました。
しかし、鮮やかだったなぁ…ってか、ワタシが鈍いのか^^;
反省は反省で、気を取り直して、旅を楽しむコトを考えるようにしました。

薄日が差してきました。
オーストリアの地ともお別れデス。

そして、いつの間にかアナウンスがチェコ語になってきました。
どうやらどこかで国境を越えていたようデス。

そして、ついにプラハに到着デス。天気は薄曇りで、日は出ていました。
ワタシ達はタクシーでホテルまで向かうコトにしました。
チェコはタクシーのぼったくりが多いらしく、“AAA”という黄色いタクシーは優良タクシーで、空港からプラハ市内まではどこに行っても567Kčと決まっているらしいのデス。
ちなみに映画“のだめカンタービレ”で、玉木宏が乗っていたタクシーもAAAでした。
なので、ワタシ達はAAAの黄色いタクシーを探しました。
しかしタクシー乗り場で声をかけられたのは、AAAではない黄色いタクシーのおっちゃんでした。
もう声を掛けられてしまったので断れず、とりあえずホテルまでの住所を渡して向かってもらいました。
すると。
何だか名前が違いそうなホテルに到着。
でも確信的には疑えず、check inの手続きをしにフロントへ。
すると予感していた通り、「ホテルが違う」と言われてしまいました。
どうも伝えられていた住所はここで合っているのデスが、ワタシたちの宿泊先ホテルはよそに移っていたみたいなのデス。
もう唖然としてしまって、フロントのお姉さんが親切に場所を教えて下さったので、歩いてホテルまで向かうコトにしました。
ホテルの名前からこの事態を推測できなかったドライバーのプロ意識の低さもビックリだし、結局700Kč取られたので割増だったワケだし、もうタクシーは懲り懲りでした。
そして歩き出すと、石畳の振動がオーストリアでいじめまくっていた足の裏に来て痛くて、だんだんホテルの住所の情報を正しく更新しておかなかったツアー会社の失態に対してイライラ(−−#)
しかも、綺麗な街並みのくせに歩道はガムクズや唾が吐き捨てられていて汚いし。
もうありえないコトばかり。
半日がかりでようやくプラハに着いて、これでもか!というくらい不運に見舞われて、すでに意気消沈・疲労困憊デス(T_T)
とりあえず15分ほど歩いて、今回利用させて頂いたホテルNH PRAGUEに無事に着きました。
間が悪いコトに、check in時にクレジットカードの提示を求められ、二人ともほんの数時間前にカードを止めてしまっていたので、デポジットとして€50を要求されました。
ワタシはユーロは全てトランクに入れてしまっていたので、トモダチに出してもらいました。
といっても、デポジットなのでcheck outの時に返却されるものデスが。

無事にホテルの部屋に入って、ホッと一息。
スーペリアクラスではありましたが、部屋の広さはスタンダードクラス。
あまり対した違いのあるカンジがありませんでした^^;
そして、現地ツアー会社に抗議の電話!
すると、現地ツアー会社側は「こちらは正しい情報を大手ツアー会社側に伝えています。これは大手ツアー会社側の確認ミスです。」との回答。
…っていうか、このツアーの仕組み自体がこういう事態を招いているんじゃないか!?
ホント、ありえないデスよ。
もうこれ以上イライラするのは時間の無駄だったので、再び気を取り直して街に繰り出すコトにしました。
最寄りの地下鉄の駅で、まずは3日間のツーリストチケットを購入。
310Kčで3日間はプラハ市内の全ての交通機関が利用し放題。
チェコには地下鉄が3路線走っていて、これが主な移動手段となりマス。

プラハの地下鉄の駅のエスカレーター。
とにかく長くて速い^^;
そして、日本と異なり左側が通路になるので、ステップに止まる場合は右に避けマス。
地下鉄でまずは新市街へ。


ヴァーツラフ広場。
1348年カレル4世が新市街を建設した時に、馬市場として造られた広場。
幅60m、長さ700m。
プラハ随一の繁華街であり、プラハ市民の集会の場でもあり、歴史的に重要な変革が起こった地。
到着した頃は16時くらいだったのデスが、すっかり日が暮れてしまっていました。
広場はとにかく広いのデスが、大きな通りといったカンジで、広場というカンジがしませんでした。
集会でも開いていれば雰囲気も出るんでしょうけど、普通に車が通ってましたし。
でもお店のネオンはガンガンに光っていても、やはり歴史的な古い建造物が並んでいて、別世界でした。

ヴァーツラフ広場の先には国立博物館が見えマス。

ナ・プシーコピィエ通り。
こちらもブランドなどのお店が立ち並ぶお買い物スポットですが、旧市街との堺となっている通りでもありマス。
この通りを進んでいくと、旧市街へ。
【プラハ歴史地区】 世界遺産
ヴルタヴァ川(モルダウ川)右岸に広がる古い地区で、中世には川に面して半円を描くように市壁で囲まれていました。
旧市街広場が中心で、歴史的建造物や石畳の細い路地が多く現存し、中世の街並みをそのまま見るコトが出来るそうデス。

まず最初に現れたのは、火薬塔デス。
15世紀後半、現在お隣に見える市民会館の場所にあった王宮に釣り合うように約65mの立派なゴシック門を建設。
18世紀には弾薬庫として利用されていたコトからこの名がついたそうデス。
Kč




上2枚は正面を左右から。
下は裏側から。
とにかく高いし、中世ヨーロッパのお城の気品が漂っていて、この門に続くお城ってどんなだったんだろうと素敵な想像が膨らみマス。
弾薬庫に使われていた歴史があるなんて信じられないデスね。こんなに綺麗なのに。

そして、すぐお隣の市民会館。
アール・ヌーヴォー様式の建物で、コンサートホールや展示会場、レストランがある文化施設。
中世ボヘミア王の居城跡の複雑な菱形の地に、1911年建設。
音楽祭 “プラハの春”はここから始まるそうデス。
これが市民会館レベルですよ。なんてゴージャス!
改装中なのがちょっと残念。
映画“のだめカンタービレ”で、のだめがシュトレーゼマンとピアノコンチェルトした舞台のある劇場デスね。
映画の中で出てきた正面外壁の装飾・壁画はとっても素敵で、ぜひ実物が見てみたかったデス(;_;)
そして、通りを旧市街広場に向かって歩きました。
途中にたくさんのお店が並んでいて、お買い物を楽しみながら観光しました。
しかし、€とKčでは通貨の価値がまるで違い、物の値段にしばらく困惑しました。
ちなみにチェコは、EU加盟国ではありマスが財政赤字などの問題から€を導入できず、導入目標が2010年→2012か2013→2019…とどんどん延期されているそうデス^^;
レストランやホテル,ショップなどでは一部€が使用可能で、レシートに両方の料金表示がされているところもありマスが、ほとんどはKč。

旧市街広場デス。
プラハの顔と言われるくらい、有名で歴史的価値のある場所デス。
ゴシック,ルネサンス,バロック,ロココという、時代を隔てた美しい建物に囲まれ、教会や旧市街庁舎など歴史的建造物がそびえる大きな広場。
12世紀初期にはヴルタヴァ右岸の市場だったところで、民衆の蜂起や処刑など様々な歴史的事件の舞台にもなっていマス。
ここはとにかく広い広場!ってカンジでした。
しかも、美しい建物を360°どこを見渡しても見るコトができて、ワタクシの大好きな中世ヨーロッパの世界が現存しているんデス。それだけでもワクワク(o^^o)
また、ライトアップされているカンジがより一層幻想的に見えマス。

まず正面に見えるのが、旧市街庁舎。
建物の北側半分は第二次世界大戦で焼失し、時計塔は残ったそうデス。
西側に5つの異なるファサードが続いていて、これは14世紀に市が5軒の貴族の館を買い取ってつなげたものだそうデス。
行政がまるでお城のような館を買い取って公共の施設にしてしまうなんて、やっぱスケール違いマスね〜


旧市街庁舎の正面から見て左側面壁にある仕掛け時計が有名で、1410年に造られ、1490年に修繕。
上は天文時計(写真・下左),下は暦板(写真・下右)で、9時から21時まで毎正時ごとに動く仕掛けは40秒程度。
残念ながら、仕掛け時計が動いているところは見られませんでしたが、この細かな彫刻と細工は可愛らしくて素敵でした☆
ホントはもっと学術的・歴史的・宗教的価値があるんだと思いマスが^^;

広場の中央にあるヤン・フスの群像。
プラハ大学で教鞭をとっていたフスは、カトリック教会の腐敗を徹底的に批判し、ローマ法王から破門され、ドイツのコンスタンツで火刑に。その後、フスは殉教者に列せられ、チェコ人の誇りとなっているそうデス。

広場奥に見える2つの塔が目立つ、ティーン聖母教会。
12世紀に創建され、14世紀に現在の姿になった、フス派の教会。
80mの双塔の間にマリア像が掲げられているそうデス。
ひときわ大きくそびえ立つ教会。
細かな彫像など、明るいところでもっとよく見たかったデスね。

ティーン聖母教会から視線を左方にずらすと、石の鐘の家がありマス。
13世紀に建てられた四角い塔のような建物で、建物の角に食い込んだような石の鐘がありマス。
調べてはいったのデスが、ホントに食い込んでいました^^;
面白いデスね、どんな意味があるんだか。

聖ミクラーシュ教会。
18世紀にボヘミアで活躍したドイツの建築家キリアーン・ディーツェンホーファーが手掛けた真っ白な教会。
ホントに真っ白で、周りがお城のような建物でもほとんど暗めの色なので、綺麗デス☆
広場には馬車がたくさんあって、この広場の雰囲気にピッタリです!


旧市街広場からヴルタヴァ川へ向かって北に延びるパリ通りを進んでいくと、かつてのユダヤ人街がありマス。
現在は、通りの両側にカフェやショップが立ち並んでいて、ユダヤ人街の面影は墓地,シナゴーグ(ユダヤ教の教会。写真),役所のみ。

そして、カレル橋に向かって歩き出しました。
時々建物と建物の隙間から、ヴルタヴァ川左岸にあるプラハ城が見えマス。

カレル橋の真ん前にあるクレメンティヌム。
17世紀に建てられたイエズス会の拠点。プラハ城に次ぐ規模の複雑建築群と言われているそうデス。


そして、クレメンティヌムの道を挟んで目の前、旧市街橋塔前にある教会とカレル四世像。

旧市街橋塔右横から見えるヴルタヴァ川と左岸にあるプラハ城。

旧市街橋塔。
14世紀末に建てられたゴシック建築の門塔。

そして、旧市街橋塔の下をくぐっていった先がカレル橋デス。
カレル橋は次の日も訪れたので、また詳しく紹介しマス。

カレル橋から見えるヴルタヴァ川。
ヴルタヴァ川はモルダウ川のコトで、チェコ国内最長の川。
スメタナの交響詩組曲“わが祖国”もこの川を題材にしていマス。
♪ボヘミアの川よ〜 モルダウよ〜 って聞こえてきそうデスね。



すっかり暗くなって、今日は一日ホントにいろいろあったので、早めに食事をとって帰るコトにしました。
旧市街庁舎仕掛け時計の向かいのビル地階にあるレストランが、日本語メニューもあるお店として紹介されていたので、行ってみました。
なんだか洞窟のような造りで、壁には熊の毛皮や鹿の頭部の剥製などが飾ってあって、狩人の匂いプンプンでした。
しかし、店員さんは優しくて、陽気な音楽の生演奏までついていマス。
旅行者だと分かると、食事中に写真も撮って下さり、買い取るコトも出来ました。
そして、写真・下左がトモダチが頼んだ1リットルのチェコビール!
とにかくデカかった!!比べる物を隣りに置けば良かったのデスが^^;
そして、頼んだ料理はチェコ名物のグラーシュ(チェコのビーフシチュー)と付け合せのクネドリーキ(小麦粉やジャガイモのデンプンで作った蒸しパンのようなもの)。
グラーシュはややあっさり味、というか若干コクに欠けていたように思えましたが、付け合せのクネドリーキはふわふわでほんのり甘くて美味しかったデス。
そして、地下鉄でホテルに帰りました。
最寄駅から宿泊ホテルまでは1km程度離れていたのデスが、トモダチは途中でビールが効いてきて、急いでホテルに帰りました。
まぁ、1リットルって、ビールじゃなくても効きそうデスが^^;
とにかくいろいろあり過ぎた一日で、疲れました。
明日はワタクシにとって、新しい一年の始まり。
今日で悪いコトは全て起こりきって、良いスタートが切れるコトを祈って就寝しました。
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