TRAVEL〜Austria&Czech (2012.11.17〜11.23)〜

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【3日目(2012年11月19日)】
〜スケジュール〜
5:30 ホテルからタクシーでウィーン西駅へ。
6:14ウィーン西駅発、8:59ザルツブルク中央駅着の列車にてザルツブルクへ。
AM

SaltzburgSightseeingTours主催の“映画サウンド・オブ・ミュージックゆかりの地観光ツアー”に参加(英語ガイド・約4時間)。
9:30にミラベル庭園付近のofficeに集合。
専用バスにて移動。↓主な観光スポット
   レオポルツクローン城
   ヘルブルン城
   ノンベルグ修道院 ホーエンザルツブルグ城
   ザンクト・ギルゲン湖 ヴォルフガング湖
   モントゼーの教会
ミラベル宮殿前にて解散。

PM

ミラベル宮殿・ミラベル庭園
三位一体教会
モーツァルトの住居
モーツァルトの生家
ゲルトライデ通り
祝祭劇場
ザンクト・ペーター教会
ザルツブルグ大聖堂
レジデンツ
モーツァルト広場

17:00 17:10ザルツブルク中央駅発、20:20ウィーン西駅着の列車でウィーンへ。
夕飯を食べて、ホテルへ。


天気は曇り。
昨日一日歩き回って、何とか早起きをして、タクシーでウィーン西駅へ。
だいぶ余裕を持って着いたので朝食を調達して、自分たちが乗る列車を確認。
しかし、電光掲示板で確認をして、指定されたホームにあった列車の先頭車輌に表示されている駅名を見るとザルツブルクとは書かれておらず、何度も電光掲示板と見比べたのデスが、やはり列車自体は合っているようで、困惑。
すると、この列車がおそろしく長いコトに気づき、ホームを後続車輌の方へずっと歩いていくと、ようやくザルツブルクと表示されている車輌を発見。
どうもこの列車、ここからドイツの方まで行く超長距離列車のようで、途中で連結が外れる仕組みだったようデス。

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定刻通り出発した列車でザルツブルクへ。
指定席だったので楽チンです。
時速100〜120km/hで、日本の新幹線とは異なりガタガタ揺れマス。

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車窓から見える景色は曇りどころか濃霧。
時々思わせぶりに雲が日に照らされて明るくなる時もありましたが、天気は回復することはありませんでした。
そして、眠い。。。ワタシ達は適当に寝てから、朝食をとりました。

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そして、ようやくザルツブルクへ到着。ウィーンよりも更に寒い!
吐く息も白く、気温0℃。

今回のザルツブルクでは、サウンド・オブ・ミュージックのロケ地を巡るオプショナルツアーを申し込んでいて、個人的に行こうとするとかなり時間とお金がかかってしまうところに連れて行って頂こうと考えてました。
まずは、集合場所であるミラベル庭園付近のツアー会社officeに向かいました。
駅でバスを探したのデスが、見方がよく分からず、集合時間もあったので諦めてタクシーを利用しようとすると、最初のタクシーには適当なジェスチャーで進行方向を指示されて断られてしまいました。
示された方向に歩いていくと工事中のフェンスが建てられていて先が見通せず、歩いても歩いても景色が変わらず不安になり、やはり駅に戻ってタクシーにもう一度お願いし、ものすごい渋い顔をされて何とか乗せてもらいました。
そして、到着するとちょっと荒めの口調で駅から目的地までの場所を示され、下ろされました。
確かに車だと5分弱で着いたのデスが、距離や場所に確信を持って進めていない以上、不安になってしまうのは仕方ないような気がするのデスが…しかも時間制限だってあるのに。

若干嫌な気分でスタートした一日。
集合場所に着くと、何台か黄色いワゴンバスが止まっていて、プレハブ小屋のようなofficeで受付を済ませました。
今回は英語ガイドさんのツアー。
残念ながら、時期的に日本語ツアーで目的の場所に行ってくれるツアーがなく、仕方なく^^;
ガイドさんはすごく陽気なおじさんで、今回はワタシ達2人のほかにアメリカ人の20代の夫婦が参加しました。
この夫婦さんはトモダチが留学していた街から来たみたいで、話が盛り上がっていましたが、残念ながらワタシは理解できず^^;挨拶だけさせて頂きました。


集合場所はザルツブルクの新市街にあり、バスはまず旧市街へと向かいました。
その道中、車窓から映画撮影時マリア役のジュリー・アンドリュースが滞在し、ピアノの練習をしたり、飲みすぎてダウンしたりしたホテルをチラ見。
また、旧市街小高い丘に建つホーエンザルツブルク城と、その坂道の途中にあるノンベルク尼僧院(ドイツ語圏最古の女子修道院で、映画でマリアが暮らしていた修道院。)は車窓観光だった上に霧で見えませんでした。

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マリアが家庭教師の職を得て、修道院からルンルンで宮殿まで歩いて行ったシーンを撮影した並木道。
霧に覆われていマスが、左手には広大な草原が広がっていマス。


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これはへルンブルン宮殿。(の門。)
17世紀に大司教マルクス・シティクスの建てた宮殿で、狩場として作られました。
門をくぐって、奥の宮殿まで伸びている道にはクリスマスマーケットを準備している屋台がズラリ。
今回は宮殿の見学は無しでした。
そして、庭園の方に向かうとさすが狩猟場。
広大な草原が広がっていました。

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その庭園の一角にあるガラスのパビリオン。
これは映画の中でリーズルとロルフが歌い踊っているシーンで使われたもの。
♪You are sixteen Going on seventeen♪と、今にも聞こえてきそうなあの東屋デス。
一度は別の場所に設置されていて、イタズラをされて壊されてしまったようなのデスが、現在は修復されて管理されていマス。


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そして…ワタシが楽しみにしていたレオポルツクローン城デス!
霧で何にも綺麗な景色が見えません(T_T)
レオポルツクローン城は映画でトラップ大佐の屋敷として使われた宮殿で、1744年にフィルミアン大司教によって建てられました。現在はホテルになっていて、宿泊も可能だそうデス。
この池で子供たちがボートから落ちてしまったエピソードも

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しかし、ホントに見事に美しくない(−_−)
右の写真の方向は天気が良いとドイツとの国境の山が綺麗に見通せるらしいのデスが、全く見えない。

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本来ならこんなにも空の青と木々の緑と池の碧に囲まれて、白い宮殿が美しく見えるはずなんデスけど…
運が悪いとしか思えません。


そして、ザルツカマーグートへ。
ザルツカマーグートはザルツブルクも東一帯に広がる山岳地帯で、“塩の領地”という意味デス。
山と湖が点在し、岩塩鉱脈があり、塩産業によって栄えました。近世になるとほとんどの塩坑は閉鎖。
ザルツブルクから少し離れると晴れ間が見えてきて、辺りの景色が綺麗に見渡せるようになってきました。
窓からもろに日を浴びると暑いくらいでした。

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奥に見えるのがヴォルフガング湖デス。
ヴォルフガング湖の西端にある、ここザンクト・ギルデンはモーツァルト一家のゆかりの地で、モーツァルトの母の故郷でもありマス。映画の最初にフュシュル湖からザンクト・ギルデンへ向かうシーンが撮影されたそうデス。
雲が若干晴れてくれて、ザンクト・ギルデンと湖が一望できました。


そして、右手車窓にモントゼー(月の湖)をみながら、トラップ大佐とマリアが結婚式を挙げたモント湖畔の教会へと向かいました。

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ここがその教会。

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中は白と淡いコーラルピンクを基調としていて、可愛らしい教会となっていマス。
祭壇の天使たちの彫像も繊細な上、可愛い。
こんなに立派なパイプオルガンもありました。

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少し時間があったので教会内のショップや教会を囲む街でお買い物。
街自体もカラフルで、可愛らしかったデス。


その後、ミラベル庭園前に戻って、ツアー終了。
ガイドさん、アメリカ人ご夫婦さんとはここでお別れ。
ガイドさんはベラベラ早口でほぼ全くガイド内容は聞き取れませんでしたが、後でトモダチに教えてもらったりして楽しめました。
天気が悪かったコトだけが悔やまれマスが…これも宿命か。

気を取り直して、2人での観光再開デス。
新市街から旧市街へと向かいマス。

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まずはミラベル宮殿とミラベル庭園
もとはヴォルフ・ディートリヒ大司教が愛人のために建てたアルテナウ宮で、ディートリヒ失脚後18世紀にバロック建築に建て替えられミラベル宮殿となったそうデス。現在は市庁舎として使用されていマス。
庭園は17世紀にウィーンのフィッシャー・フォン・エアラッハを呼び寄せて造らせたもの。
映画では“ドレミの歌”をマリアと子供たちがペガサス像の前で歌っていマス。


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旧市街に向かって通りを歩きました。
三位一体教会が見えてきました。
1702年に建てられた、2本の時計塔を有するバロック様式の教会。
ザルツブルクにおけるフィッシャー・フォン・エルラッハ最初の建築。


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そして、通りを右に少しそれるとモーツァルトの住居がありマス。
ザルツブルクはモーツァルトが25歳まで音楽活動を行った地であり、モーツァルトの音楽のルーツの街。
この住居は、モーツァルト一家がウィーンに向かうまでの7年間を過ごした家
中は博物館とカフェになっていて、残念ながら博物館はこの日休館でした。

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なので、カフェによってみました。
ちょうど寒くて一息入れたかったので。

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左上はフリッターテンズッペ。クレープの細切りを入れたコンソメスープで、牛肉の出汁が効いていてあったかくて美味しかったデス。
右上はモーツァルト・トルテ。ザッハー・トルテとは違い、ビターな生チョコレートケーキです。
下はトモダチが頼んだホットチョコレート。付け合せにモーツァルトの顔がプリントされたチョコレート付きデス。
朝早くからノンストップで動いていたので、良い休息になりました。


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旧市街はザルツァッハ川を挟んで新市街の対岸にありマス。
さっそく橋を渡って、旧市街へ。

【ザルツブルク市街の歴史地区(旧市街)】 世界遺産
古くから司教の街として栄え、小高い丘の上には大司教の城塞がそびえ立っている。
歴代の大司教たちが残した豪華な建造物や石畳が残っており、中世の情緒が漂う。
近年ではモーツァルトの音楽祭で名声を高めている。


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橋を渡ってすぐに見えてくるのはモーツァルトの生家
ゲトライデガッセの中ほどにあり、モーツァルトが1756年1月27日に誕生してから17歳まで過ごした家
建物の4階北半分がモーツァルトの家だったそうデス。
現在は建物全体がモーツァルト財団のもので、博物館になっていマス。


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ゲトライデガッセ
旧市街のメインストリートで、お土産店やカフェが立ち並ぶ石畳の小路


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祝祭劇場。
1607年に大司教の厩として建てられた細長い建物で、延々225mに及びマス。
ザルツブルク音楽祭のメイン会場になっている場所だそうデス。
この写真は端の方デス。


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聖ペーター教会。
1127年の創建当時はロマネスク様式でしたが、17〜18世紀の改修でバロック様式の建物になっていマス。


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レジデンツ(大司教の館)。
16世紀末にこの街を「北のローマ」にしようと試みた大司教ヴォルフ・ディートリヒによって建てられ、2代後のロドロン大司教によって完成。
歴代大司教が贅を尽くした華麗な宮殿。
目の前に広がるレジデンツ広場は、大聖堂・レジデンツ・新レジデンツの3つの大きな建物に囲まれていて、17世紀半ばの美しい噴水が中央を飾っていマス。

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ザルツブルク大聖堂。
入口は聖マリアの柱が立つドーム広場に面していマス。
16世紀末に大司教になったヴォルフ・ディートリヒがローマのサン・ピエトロ寺院に匹敵するような教会建設を試みるも、完成したのは1655年。
ヨーロッパ最大のパイプオルガンを所蔵していて、モーツァルトはここで洗礼を受け、1779年からオルガン奏者になったそうデス。

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レジデンツ広場から見える、ホーエンザルツブルク城
1077年にゲープハルト大司教が建てた居城。標高約508mの小山にそびえ建ち、ザルツブルクの街が一望できマス。
城塞まではケーブルカーで上がれるそうデス。
すっかり霧に包まれていマス。

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新レジデンツ

広場の中央にある、“アトラス神の噴水”はクリスマスマーケットの準備で屋台が組まれていて、残念ながら見られませんでした。


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そして、モーツァルト広場。
旧市街の中心にあり、中央にはモーツァルトの銅像が立っていマス。
クリスマスが近いからなのか、広場にはスケートリンクが設営されていて、子供たちが遊んでいました。

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これがモーツァルトの銅像
1842年にモーツァルトの2人の息子立会いのもとで除幕式が行われたそうデス。


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お土産なども買って、そろそろ帰りの列車の時間が迫っていたので駅に向かいました。
名残惜しいデス。
もし次の機会があるなら、今度はザルツカマーグートのハルシュタットと言われる湖沿いの綺麗な街に行ってみたいデス!
帰り道を歩いていると、午前中に参加したツアーでもらった駅までのバスのチケットが無いコトに気づきました^^;
というか、ワタシはもらった覚えもなくて仕方なく駅までの道のりを歩いて戻りました。
帰りは道が分かっていたので、安心でした。
ザルツブルク中央駅には順調に到着しました。
そして、バスのチケットも駅についてから無事に見つかりました^^;ホントボケ過ぎデス、ワタクシ。
更に、駅のホームで列車を待っていると、オーストリア滞在中にツアー会社からかかってくると言われていた電話がまだかかって来ていなかったので、ツアー会社に電話。
すると、もうシステムがダウンしているのですぐに調べられないとのコト。
っていうか、まだ16時台デスよ??
しばらくすると折り返しがあり、そのまま駅に行けば良いとの回答でした。
こっちが掛けなかったらどうするつもりだったのか。


ウィーン行きの列車は自由席でしたが、すんなり座るコトができました。
昨日・今日と歩き通しだったので、2人して爆睡。
そして、車内で同じボックスに座っていたご婦人と、ウィーン到着間際にお話し。
(正確にはトモダチが会話したわけデスが、簡単な英語が多かったのでワタシにも分かりました!)
ザルツブルクからウィーンにいる息子さんに会いに行く途中だったんだそうデス。
なんて素敵☆オシャレなご一家でうらまましい。



さて、ウィーンに戻ってきてシュテファン寺院付近でご飯を食べるコトにしました。
お店に向かう途中、グラーベンがライトアップされていました。

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幅30m以上もある細長い広場のような道で、グラーベン(堀)という名は13世紀頃までここが堀だったためにつけられたと言われているそうデス。
グラーベン通りの中央にあるペスト記念柱は、約10万人の命を奪ったペストの終焉に感謝して、1693年にレオポルト1世が建てた三位一体像だそうデス。



近くのお店で食事を済ませ、いろいろハプニングもあったけど何とか無事に戻れたコトにホッとして、タクシーでホテルに戻るコトにしました。
シュテファン寺院付近でタクシーに声をかけると、今回も嫌そうな顔をされ、何かガイドするような物言いをされたのデスが、何とか乗せて頂きました。
だって、夜だったし、昼間のうちにその道を歩いて通っていれば確信を持って進めるけど、それもなかったし。
それに2日目に乗せて下さった運転手さんは嫌な顔一つしなかったのに。
(まぁ、ホントは近すぎて嫌だったのカモしれませんけど^^;)
発進すると途中で運転手さんが車を止め、何か通りについて説明をし始めました。
トモダチはそれまでワタシ達を乗せるコトを渋られていたし、そこから歩いていく道を説明されているのだと思い、降りようとしました。
すると、ものすごい剣幕で怒り出す運転手。
ワタシ達は戸惑ってキョトンとしていると、運転手はブスッとしたカンジでさっさと車を走らせ始めました。
しかも、明らかに余計な道をジグザグ。
そして、ホテルに付くとメーターを隠され、€8を要求されました。
前日乗った時は同じ距離でその半額くらいだったので、明らかにぼったくられていたのデスが、ここで何かあるとマズイと思い、仕方なく払って出てきました。
たぶん、観光ガイドでもしてゆっくり走って余分に払わせようとしたら、ガイドが通じず降りようとしたので、明らかなぼったくりをしたんでしょうね。
全く気分が悪く、せっかくの楽しい気分が台無しでした。



今日は朝からタクシーに縁がなく、更にバスのチケットを忘れるわ(これはワタシの責任^^;)、ツアー会社に電話するハメになるわ(これは会社側の責任!)で嫌な気分でしたが、こんなコトでいつまでもイライラしていても仕方がなかったので、就寝の準備をしました。
明日はいよいよチェコへ。
チェコは良い印象だけが残る旅になると良いなと思っていました。



【1日目(2012年11月17日)】
【2日目(2012年11月18日)】
【3日目(2012年11月19日)】
【4日目(2012年11月20日)】
【5日目(2012年11月21日)】
【6・7日目(2012年11月22・23日)】

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